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流狼−時の彷徨い人−No.50

[454]  水無月密  2010-05-05投稿
 塞ぎ終えた故郷への入口を見据えるノアは、僅かに悲しげな表情をみせていた。
 その胸中に去来するものは知る術もなかったが、物悲しげな彼女の美しさに半次郎はただ見入っていた。


 ノアは普段の無機質な表情に戻ると、その眉目秀麗な顔を半次郎にむけて開口した。
「ワタシが教えた気の理論は理解したようだな。後は自修自得で極めるがいい。
 剣術についても同じだ、もともとワタシの剣は本能のおもむくままに振り回すだけのもの、人に教えられる代物ではない」

「…私が気を極めるには、どれくらいの時が必要なのでしょうか?」
 半次郎は気に秘められた無限の可能性に、興味を持ち始めていた。

「十年はかかるだろうな」
「十年……ですか」
 それではかかりすぎると、半次郎の表情が訴えていた。

「オマエ、思い違いをしていなか?
 気や剣術を極めても、世の中を変えることはできないぞ」
 ノアは手頃な石を見つけて腰掛けると、困惑ぎみの半次郎を見つめた。

「順をおって説明してやる、先ずは川中島での事象だ。
 上杉と武田が手をむすべば、それはこの国で最大最強の勢力になる。それが戦乱を終わらせる最短の策だと考えたのは、おそらく正解だろう。
 …だが、信玄が頷かないからといって殺害するなど、短慮以外の何物でもない」
 直立不動で虚心に聴き入る半次郎。
 ノアは淡々とした口調で話を続けた。

「信玄を殺したところで両家の抗争が激化するだけだ。
 上杉一勢力だけでは戦乱の終息に何十年もかかり、その途上で政虎が倒れればそれで全ては水泡に帰す」
 上杉政虎に実子はなく、それ故にこの希代の戦争の天才は、一代限りの存在になるであろうとノアはみていた。

 史実として上杉謙信の次代は養子の景勝が継ぐが、彼は動乱の時代を善戦するも時勢に逆らいはできず、その勢力は衰退の一途をたどることになる。


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