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ベースボール・ラプソディ No.31

[517]  水無月密  2010-05-05投稿
 他の部員達も大原の存在に気付き、ベンチの周りに集まりだしていた。
 その中で哲哉は、野球部がおかれている情況を大原に説明し始める。

 今年の成覧野球部は、とにかく強すぎた。
 その選手層の充実ぶりは、全国的にみても群を抜いているだろう。

 そのチームに対し、まったく勝ち目が無いのならば、哲哉は苦悩しなかっただろう。
 だが彼には、僅かではあっても確かな勝機がみえていた。
 それ故に夜を徹して、勝算をあげるための戦術を模索していたのだ。


「……私に野球の事はよくわかりませんが、君達が野球に情熱を傾け、ひたむきに努力していたことはわかります。
 今はその努力を信じて、万全の体調で試合にのぞむことが大事だと思いますよ。
 それに、試合の最中にしか見えてこない勝機というのもあります。
 そこに賭けてみては如何ですか?」
 大原の言葉には、人生経験を積み重ねてきた分だけの重みと説得力があり、なによりも思いやりのこもった温かさがあった。
 その温もりに、哲哉は気が楽になるのを感じていた。

 八雲とともに甲子園に行くという小次郎の願いは、今は哲哉の悲願となっていた。
 その一事に捕われるあまり、哲哉の思考的視野は極端に狭くなっていた。
 それに気付かせてくれた恩師に対し、哲哉は感銘と感謝をこめて頭を下げた。

「有難うございます、大原先生。
 おかげで今晩はぐっすり眠れそうです」
 哲哉はこの日の練習を身体をほぐす程度で切り上げ、明日に備えようと他の部員達に提案した。


 その横で八雲は、普段は見せぬ真顔を大原にむけていた。
『顔を出さないから、単に名目だけの顧問だと思っていたが、見当違いだったか。
 オレはチームメイトだけでなく、顧問にも恵まれたよ、小次郎』

 大原をまじまじと見続ける八雲は、以前からお地蔵さんに似ていると感じていたこの老教諭から、何やら有り難みのある後光がさしているような気がしてきた。


 何時になく物静かな八雲が気になり、視線を彼にむける哲哉。
 次の瞬間、哲哉は唖然として八雲の後頭部を叩いた。
「拝むなっ!」
「いや、つい」



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