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欲望という名のゲーム?59

[430]  矢口 沙緒  2010-07-17投稿



「しかし、パイとはね…
ところで牧野さん、ほかに雅則様から何か頼まれている事はありませんか?」
鹿島が聞くと、牧野は白衣の胸ポケットから紙を取りだし、
「はい。
このデザートをお出しする時に読み上げて欲しいと、伝言をお預かりしております。
では、書かれてある通りに読み上げます。
『このパイがレモンパイだという事には、なんの含みもないよ。
単に私の好物というだけだ』
以上です。
私には、何の事やら、さっぱり分かりませんが…」
そう言って、その紙を鹿島に渡した。
そこには雅則の自筆で、牧野が読み上げた通りの事が書かれてあるだけだった。
「雅則様から承っている事は、これで全部でございます」
そう言うと、牧野はペコリと頭を下げて、厨房に消えていった。
「とにかく、これは重要な手掛かりだと思われます。
只今メモと筆記用具をお持ちしますので…」
鹿島はそう言って食堂を出ると、しばらくして人数分のメモと筆記用具を持ってきた。
明彦、喜久雄、深雪が、パイの上の文字を書き写す。
友子までが一緒になって書き写しているのが、おかしかった。
喜久雄が書けば用が足りるという事にも気付いていないらしい。
それほど彼らはこのパイに驚かされていた。
そして、それを書き写しながら、この文字列の意味するところを考えているようだった。
孝子だけは全くメモする様子もなく、二つ目のアイスクリームの天ぷらを黙々と食べている。
そして、全員がメモし終わった頃を見計らって、孝子が言った。
「ねぇ、もう用が済んだのなら、さっそくそのパイも切って食べましょうよ」
牧野が再び呼ばれてパイを切り分けると、皆の前に置いた。
牧野夫人が紅茶を運んでくる。
紅茶がストレートなのは、レモンティーだとレモンパイの香りと相殺になってしまうからだ。
「さすがに雅則兄さんよね。
今どきレモンパイなんて、逆にレトロでお洒落だわ」
孝子が牧野に言うと、「おっしゃる通りです」
牧野が孝子に笑いかけながら答える。
どうやらこの二人は、食べ物に対する感覚が近いらしい。

鹿島がビデオの準備に取りかかった。
暗い無機質なテレビ画面がパッと明るくなり、いつものように雅則の笑顔が映し出された。

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