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流狼−時の彷徨い人−No.64

[551]  水無月密  2010-10-06投稿
『全てブロッケン……
 この男、オーヴで闘い慣れしている』
 背後からの殺気に振り返り、身構えるノア。

 今の攻撃で大量のオーヴを消耗したノアに、死闘をささえるだけのオーヴを再放出する、時間的余裕はなかった。
 僅かなオーヴで段蔵の猛攻を防げるのか、彼女の心に一抹の不安がよぎる。

 だが、段蔵の攻撃がノアに仕掛けられることはなかった。
 彼女の視線の先、双刀の刃は半次郎の剣によって阻まれていたのだ。


 火花をちらす三つの白刃。
 この攻防を制したのは、渾身の力をこめて振り払らわれた半次郎の一撃であった。

「いったはずです、貴方の相手は私がすると」
 淡々と、そして何処か悲しげに語った半次郎。

 身体ごと刀を弾き飛ばされた段蔵は、その半次郎を刮目していた。
 歯牙にもかけていなかった相手が、自分の動きに対応してきたことに驚きを隠せなかったのだ。

 そしてそれは、ノアも同じであった。


 段蔵の体駆速度はノアと同域にあり、半次郎がついてこれる動きではなかった。
 それを可能にするには段蔵の動きを先読みするより手はなく、それは彼女自身が見抜けなかったイリュージョンを看破したことを意味するのである。
 そのイリュージョンを看破した手段が、ノアには皆目見当がつかなかったのだ。

 その手段にいち早く気付いた段蔵は、ノアよりも客観的に半次郎を見ていたといえる。
「…クリスタル・アイズ、“水晶眼”が使えるのか、お前?」
 段蔵のはっした言葉に、ノアは耳を疑った。


 “皇帝の眼”とも呼ばれるこの能力には、あらゆる事象の真実、理を見極める力があった。
 それゆえにこれを有する者は、先んじて人を制することができる。

 戦場にあっては的確に機をとらえ、自軍に勝利を呼び込み、政にあっては民衆を正しき道に導き、国に安寧をもたらす。
 正に皇帝が持つべき先覚の能力といえた。


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