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砂漠のマリア <上>

[1016] シナド 2011-03-23投稿
砂漠のマリアを、僕は子供の頃一度だけみたことがあった。

彼女は砂漠で行き倒れた男の死体にそっと寄り添っていた。
僕には彼女が若いようにも年寄りにも見えた。
彼女はくすんだ色のぼろ布を頭から体を包み込むようにまとい、白い顔と、黒く長い巻き毛だけがわずかに見えていた。
その姿は、まるで百合の花が咲いているようだった。
そしてその眼差しは男にむけられ、とても慈悲深いものに感じられた。

美しかった。

さながら聖母のように。
僕は彼女を、砂漠のマリア、と密かに呼ぶことにした。

その時一緒にいた父は、彼女を砂漠の神の使いが砂漠で死ぬ者の魂を迎えにきた姿だと言い、僕にすぐに見ることを禁じた。

砂漠のマリアは死者の魂を天に迎えるが、生者を引き寄せることもあるという。だから砂漠でマリアを見かけてもその姿を注視してはいけない。マリアに魅入られた者も共に天に引かれるのだ。

しかしその時にはもう僕は、死んだ男が、ひどくうらやましくなっていた。

僕はマリアを想うようになった。

幼い頃は母のいない僕にとっての憧憬の対象として、もう少し大きくなるともっと違うものとして、強くマリアを求めるようになった。
しかし僕が切望してやまない、マリアに再び会える時、そしてあの慈悲深い眼差しが僕に注がれる瞬間、それは僕が砂漠で独り死ぬ時であるという事実は僕を困惑させた。
恋の成就は死。僕は恐怖した。
だが僕のマリアに対する想いは日に日に強くなる。
砂漠が自分を呼んでいるように思えてならなかった。

生き急ぐ気はなかった。
しかし僕は自然と生きる場所に砂漠を選んでいった。

父がそうだったように、僕は隊商の護衛をする傭兵になった。
僕が成人した後、父は足を悪くし、それ以降は集落を出たことはなかったが、
僕が仕事で留守だったある日の夜明け前、金星が一際明るい暁の空の下、ふらふらと砂漠に向かって歩き出し、二度と帰らなかった。
見た人の話によれば、恍惚とした表情だったらしい。
父もマリアに魅せられていたのかもしれない。

その時も、悲しみより嫉妬の方が強かった。


僕はよく、砂漠に佇んで暁の空をみた。
風紋が走る更紗のような砂丘と絹のような空を眺め、その砂と空の間にマリアが現れないものか強く願ったものだった。
しかしマリアは決して現れることはなかった。

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