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子供のセカイ。238

[367] アンヌ 2011-03-29投稿
ラドラスは真っすぐにトンネルを見つめる。その先にある“真セカイ”まで見通すような眼差しで。
しかし彼に見えているものは、まったく別の存在だった。
「……俺は、」
ラドラスは何気なく呟いてみる。いつもの彼らしくない、荒んだ表情をしているのが、鏡を見なくともわかった。
思い出す。こちらを睨みつけ、震える手を剣の柄にかけた、勇ましい女の姿を。
「…くっ!」
ラドラスは笑いを噛み殺した。
あんな迷いを刻んだ目で、彼女は何を斬るつもりだったのか。
(馬鹿な奴だな。……相変わらず)
胸が狭くなるような苦しみに、ラドラスは一人笑いながら耐えた。
態度こそ脳天気なものだが、ラドラスはジーナより遥かに強い。剣の腕前、体力はもちろん、精神面においてさえ。
さもなければ、あの領域からラドラスがさらわれることなどなかったはずだ。各領域の中でも、最も強い存在だけが覇王によって選別され、舞子の力でほとんど何の犠牲もなく連れ去られたのだから。
そしてラドラスは、恐らく強制労働施設にいるどの想像物より、圧倒的に強かった。
「……」
ラドラスは己の掌を見つめた。骨張った大きな手だ。剣だこができ、ゴツゴツしていて分厚い。
以前ラドラスは、自分のこの掌が嫌いだった。
強さなど何の価値もない。どれほど強い英雄でも、運命という奴には抗えないし、時にはほんの小さな子供でも手に入れられるような幸せさえ、掴めないことだってあるのだ。
そしてラドラスには、決して手に入れられないものがあった。
――だが、今は違う。
ぐっと拳を握ったラドラスは、最後にトンネルに一瞥をくれ、背を向けて歩き出した。
やっと見つけたのだ。彼にしかできないこと。この強さを生かす道を。
例えそれがジーナを傷つけたとしても。
ラドラスは自分が微笑んでいることに気づいた。
――そうだ、嘘をついてはいけない。
(俺はあいつが傷つこうが、一向に構わないんだ)
ラドラスは声に出して笑った。笑い声は壁に反響して、トンネル内に明るく弾けた。普通なら不気味に聞こえる所だが、そこはラドラスの特権だ。彼の笑い声はいつだって明るい。
笑う。それはラドラスにとって己の存在証明に他ならなかった。
彼はいつだって状況を楽しんできた。どれほど辛いことがあろうが、悲しみに覆われようが、彼が笑顔を失ったことなどない。
彼に幸せを与えてくれる、絶対的な存在がいるからだ。

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