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略奪 7

[314] アフリカ 2012-02-07投稿
7)
『テキーラサンライズ?最近、良く顔出すね』
止まり木に座るサラリーマン風の男が此方を見て微笑んだ。
小さく頷いて覚えたてのカクテルを舐める。
甘く爽やかな飲み口の中に隠れた情熱的な熱を感じる。
『知ってる?ホテルのオリジナルカクテルに過ぎなかった飲み物を有名にしたのは…』
男が自慢気に見詰める
『某有名ミージシャンがツアー中に飲んでから、このカクテルだけを頼む様に成った。破天荒なミージシャンが愛した酒として皆に知られる様に成った…ミージシャンの名前も言いましょうか?』
男の蘊蓄を聞くつもりなど全く無かった私はワザと冷たくあしらった。
『チッ!』
男が舌打ちして私に背を向ける。
『愛梨は今日も来ないのかな?』
私は何時もの如くグラスを磨く胡麻塩頭の男に訊いた。
男は小さく首を振るだけで言葉は発しない。
私は目の前のグラスの中ので揺らぐ淡い色の層を眺める。
あれから二週間が過ぎていた。
あの日から、この店に愛梨が来ることは無くなった。
携帯もずっと繋がらない。
それでも私は愛梨に逢いたい一心で店に通い続けている。
グラスに満たされた液体が無くなり底に残った氷を指先で弄んでいるときBARの扉が開いた。
細身で長身な体にギターケース。
髪は黒く染め直されていたが愛梨に間違い無かった。
『愛梨さん』
駆け寄って躊躇った。
愛梨の顔面は痣だらけに成っていた。
『無理なんだよね。何もかも思う通りには行かない。何かを願っても叶う事など無い。悶え苦しむだけ。手にする事が出来るのは与えられたものだけ。…私のものなんて、ずっと昔に全て略奪されてしまってる。』
カウンタ―に並ぶ空のグラス。
グラスを磨く男は何故かそれを片付け様とはしない。
『ビールおかわり』
愛梨が空のグラスを押し出す。
代りに琥珀色のグラスが渡される。
私は愛梨に掛ける言葉を必死に捜しているが見つからない。
『余り飲むと体に良くないです』
辛うじて見つけた台詞に意味など無かった。
『身体はもう私のモノではないの。どうせならボロボロに成った方が良い』
絞り出す様に愛梨が独白する。
私は愛梨の言葉の意味が分からなくて、ただ見詰めるしか出来ない。
『自分を大事にして貰いたいって願う人だって居ます』
自分の意志とは違う何かが涙腺を刺激する。
勝手に涙が溢れた。
『アンタ、良く泣くね』
愛梨が薄く微笑む。
しかし、正体不明の微笑みに不安が募った。
『ごめんなさい』
『アンタが謝る事なんて何も無いよ。全て自分の責任』
『愛梨さん。何があったんですか?』
『仕方無いな…ビールは止めてターキー頂戴』

目の前に並ぶ酒瓶の中から抜かれた目立たないボトル。
飲み方を指定しなくても勝手にグラスに氷が落とされ酒が注がる。
愛梨はそれを一口で煽って少しだけ噎せた。
『彼に逢ったのは一年前位。丁度アナタと同じ歳位の頃。私は、此所でバイトしてたの。その頃からずっとギターを練習する場所にかりてるけどね。兎に角、彼とさ此所で逢ったの。その頃の私は普通の女の子だった。恋に恋して幸せだった。でも、私は変わった。私は本当の私に気付いてしまった。自分の異常な欲望に気付いてしまった。』
『愛梨さんは異常なんかじゃ無いです』
『まぁ聞いて。私は自分の欲望に気付いてからも、それを否定しようとした。普通の女の子に成ろうとした。でも出来なかった。まぁ、普通なんて基準が誰の為にあるかなんて知らないけど彼の為に尽くせる様な女の子に成りたかったの』
『愛梨さん…』
『偽りの自分に堪えられなく成った私は彼に全てを打ち明けた。でも彼は許さなかった。私を愛してるから。私を必要としてるから。理由なんか本当は意味無かったのよ。ただ私と云う玩具を彼は手放せ無かった。愛で繋ぎ止められ無い女を自分の思うままに扱う為に彼は暴力を選んだ。そして、私は彼の暴力に支配され続けて来た。』
『愛梨さん…私は…私は…』
言葉に出来ない怒りと虚しさに押し潰されて声が喉を駆け上がらない。
『ごめんね。こんな話、聞きたく無いよね』
愛梨が空のグラスを押し出すと何も言わずに男がグラスに酒を注ぐ。
私は溢れる涙を拭いもせずに愛梨を見詰め続けた。

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