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遠い日の夢の中で

[511] 比呂 2012-08-30投稿
大海原を大きな帆船で渡る途中、僕は鯨に会った

その夜は星月夜で水面がよく見えなかった

でも、僕は声で気づいたのだ

鯨の声で

鯨は僕に話しかけてきた

「トニー、あなたは昔私と一緒に遊んでくれましたね

鰯を捕まえるのが上手かったわね

でも、決して貪るような真似はしなかった

それどころか、私たちに命の尊さを教えてくれました

でも、あなたは若くして亡くなった

私はあなたがいなくなってから毎日泣いてばかりいました

鯨が泣くなんておとぎ話じゃあるまいし

あなたはそう思うでしょう」

僕は何だか可笑しくなって笑ってしまった

「何で笑うのです」

「だって、あまりにも可笑しいから」

「あなたは人間に生まれ変わって、少し心が汚れたみたいですね」

「そんな大袈裟な」

すると、鯨はあなたとせっかく再会できたのに残念です

さようなら

と言い、去っていってしまった


僕は翌朝、甲板に出ている同僚の水夫―トーマスにこの話をした

「それは、お前の幻覚だ

まぁ、厳格に言うと幻覚と幻聴だな

少し、幻のファントムさんにカウンセリングしてもらったらどうだい

きっと、疲れているんだろう」

こんな感じで真面目に取り合ってくれなかった

僕は仕方なく、あぁ、そうかもしれない

そう言われると君のいう通りだな

などと言い、自分は確かに見たんだなどと押し通すことはあえてしなかった



この日の夜、非番だった僕は布団の中で眠られぬ夜を過ごした

何度も寝返りをうち、何度も様々な変な夢の世界に導かれ、一つの話が終わるごとに目を覚ました

そして、それを何度繰り返したものか

気づくと僕は全身に大量の汗をかいていた

タオルで拭いたが、顔以外は水に浸かっていて拭けない

そう、僕はいつの間にか、真っ暗闇の海の中にひとり取り残されてしまったのである

そして、小一時間経った頃、またあの鯨の声がした

「トニー

あなたの肩で眠らせて

トニー、愛してるって言って

私たちが出会った頃のように優しい笑顔を見せて」

この声は…

妻の声だ

アンナだ!

アンナ!

目覚めると、朝になっていた

僕は数年前に亡くした妻のことを考えながら、夕べ布団に入ったことに気づいた

今日はアンナの命日か

そして、またいろいろな思いが駆け巡るのであった

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