白雪悲鳴
母は会社に出勤する五時間前からせっせとドレッサーに向かって化粧をし、まるで魔女のような妖しい笑みを浮かべ家を後にする。
私、井原マイはそれを生まれてから今まで16年間ずっと見てきた。
最初の頃は『化粧なんてしなくてもいいよ』『お母さんは綺麗だよ』『そのままでいて』と促し続けた………が耳を傾けてくれる事はなく、今日もせっせと化粧に夢中。しだいに私と母の会話は少なくなっていった。
あの日になるまでは。
「………えっ?」
いつも通りの朝。
洗面台の鏡に映る自分に違和感を覚えた。
だって顔に赤い斑点がびっしりあったから。
「ニキビだ……」
思春期ならできて当たり前と友達に言われそうだが、どうやら寝てる間に掻いてしまったらしく、膿などで赤く腫れた顔近くでみるとひどい肌だった。
「どうしよ………マスクで隠そうかな……、でも今日クラスの集合写真撮る日だし…」
「マイ?歯みがき終わったんなら代わって〜、髪の毛巻きた…………ってどうしたのっ?!その肌!」
洗面台でウロウロしていると母がびっくりした顔で立っていた。
今日も母はとても決まっていた。なのに私は…………ひどい肌……荒れた唇。
「やめてよー。御近所で井原さん家の娘の顔がスゴい!だなんて噂されたりするの」
「……………お母さん………………そんなに酷い?私の顔」
母は深く深く頷く。
すると私は髪を巻いている母の横で静かにうずくまった。
そうなんだ。と改めて自分の顔がおかれている現状を自覚した。お母さんが言うくらいなんだから、きっとクラスメイトに笑われたりするのかな。何だかイヤだな…。いや、それならまだいい。それよりも好きな白石君に汚い顔って思われるかもしれない。
ど う し よ う
その時
その時だ。
みかねた『魔女』が耳元でこう呟いた。
「ねぇ、マイ。化粧…してみない?」
全ては隠しきれないけど、と母はドレッサーの前で手招く。
私はそんな母に半信半疑で近づいた。
「じっとしててね」
イスに腰掛ける私を満足そうに見た母は筆を手にしたとたんに私に新しい肌を与えた。次に唇をゼリーのように艶やかせる。30分たった時にはお面でもつけたかのように私の顔は変わっていた。
「誰……この人?」
「マイに決まってるじゃない」
「私、こんな人知らないっ……やっぱり戻して!」
「何で?………きっと病みつきになるわよ、マイ。そうねぇ……貴女は今日きっと…きっとこう言われるわ。『綺麗だね、こんな人綺麗な人見たことない。君はこれからも磨けば磨くほど美しくなる。好きだ付き合って』って」
「…どうしてわかるの?」
母は使いきった口紅をゴミ箱に投げる。
「だって、私がそうだったから」
学校から帰ってきた私は浮かれ興奮していた。
だってね
教室に入ると女子に羨ましがられ、男子からは高嶺の花のように扱われ。白石君に告白すると3つ返事でOKをもらった。なんて今日はついているだ!!
翌日、翌々日も、私はドレッサーの前にいた。
二人目の魔女が誕生した瞬間だった。
感想
感想はありません。