流狼-時の彷徨い人-No.85
退却の素振りをみせる信玄にたいし、その距離を一気につめるべく身をかがめるノア。
「逃しはせぬ」
大腿部に蓄えた力を開放しようとした刹那、出鼻をくじくように彼女の愛馬であるファルコンがその行く手をふさいだ。
「ファルコン」
静かに見つめる黒鏡のような瞳が、ノアに訴えかけていた。
戦意を失い逃げはじめた敵を、この状況下で追う必要があるのかと。
普段の冷静な自分に立ち返ったノアは、振り替えって半次郎をみた。
そして、半次郎に手をかざす段蔵の姿を眼にする。
ノアが一蹴りのもと半次郎へと駆け寄ると、段蔵はいち早くその間合いから離脱した。
半次郎を抱き上げたノアは、その生体反応がほとんど無い事に気づく。
「キサマ、半次郎に何をした」
鋭い視線をむけるノアに、段蔵は飄々とこたえる。
「仮死状態にしただけだ。
それでシャンバラに運び込むくらいの時間は、持ちこたえるはずだ」
それが今できる最善の処置であることを、ノアはすぐに理解した。
しかし、シャンバラの医療技術にも限界があることをしる彼女は、表情を曇らせるしかなかった。
「無理なオーバードライブのダメージだけならば、シャンバラに連れていくことでどうにでもできた。
だが、いかにシャンバラの医療技術が優れていても、銃撃までうけた満身創痍の状態では、成す術がない………」
うなだれるノアは、半次郎の頬にそっと手をそえた。
ノアの悲観的な反応に失望した段蔵は、彼女に背をむけ歩き始めた。
「……シャンバラの医療では無理でも、お前にならできる方法があると思ったんだがな。
あの男はその方法を知っていたし、何もしないで諦める様なこともしなかったぞ」
はっとするノアは、顔をあげて段蔵をみた。
あの男がハクであることはすぐに気づいた。
そして、自分とハクとで共通するもので、シャンバラの医療を凌駕するものはなにかに思慮がおよぶと、その答えにたどりつくのに時間は然程必要としなかった。
「………まさか、その様な事が本当に可能なのか?」
足を止め振り替える段蔵は、ノアの問いに答えることなく半次郎に視線をおとした。
「……俺をこえてみせると大言壮語した以上、そいつにはその約束を実行する責任がある。
だからその男を生き延びさせろ。
それができたなら、ハクの居場所を教えてやるよ」
そう言い残した段蔵は、ノアの視界から疾風のごとく消え去った。
その段蔵が最後にみせた感情は、野獣が持ち合わせるはずのない憐れみの情だった。
半次郎にはその本質がわかっていたからこそ、段蔵にたいしても情をもって相対したのだろ。
そう判断したノアは、なおのこと半次郎を死なせてはいけないと感じていた。
「とにかくシャンバラにつれていかねば、話にならないな。
あとはオマエが背負いし運命の重さと、ワタシの忌まわしき血がその生死を分かつだろう」
ノアは半次郎を抱き上げると、歩み寄ってきたファルコンの背にあずけた。
そして一路シャンバラを目指すべく、故郷へと続く長い回廊の入り口に足を踏み入れる。
その影を洞窟の闇が完全に呑み込んだ直後、地響きとともに固くその口を閉ざした。
「逃しはせぬ」
大腿部に蓄えた力を開放しようとした刹那、出鼻をくじくように彼女の愛馬であるファルコンがその行く手をふさいだ。
「ファルコン」
静かに見つめる黒鏡のような瞳が、ノアに訴えかけていた。
戦意を失い逃げはじめた敵を、この状況下で追う必要があるのかと。
普段の冷静な自分に立ち返ったノアは、振り替えって半次郎をみた。
そして、半次郎に手をかざす段蔵の姿を眼にする。
ノアが一蹴りのもと半次郎へと駆け寄ると、段蔵はいち早くその間合いから離脱した。
半次郎を抱き上げたノアは、その生体反応がほとんど無い事に気づく。
「キサマ、半次郎に何をした」
鋭い視線をむけるノアに、段蔵は飄々とこたえる。
「仮死状態にしただけだ。
それでシャンバラに運び込むくらいの時間は、持ちこたえるはずだ」
それが今できる最善の処置であることを、ノアはすぐに理解した。
しかし、シャンバラの医療技術にも限界があることをしる彼女は、表情を曇らせるしかなかった。
「無理なオーバードライブのダメージだけならば、シャンバラに連れていくことでどうにでもできた。
だが、いかにシャンバラの医療技術が優れていても、銃撃までうけた満身創痍の状態では、成す術がない………」
うなだれるノアは、半次郎の頬にそっと手をそえた。
ノアの悲観的な反応に失望した段蔵は、彼女に背をむけ歩き始めた。
「……シャンバラの医療では無理でも、お前にならできる方法があると思ったんだがな。
あの男はその方法を知っていたし、何もしないで諦める様なこともしなかったぞ」
はっとするノアは、顔をあげて段蔵をみた。
あの男がハクであることはすぐに気づいた。
そして、自分とハクとで共通するもので、シャンバラの医療を凌駕するものはなにかに思慮がおよぶと、その答えにたどりつくのに時間は然程必要としなかった。
「………まさか、その様な事が本当に可能なのか?」
足を止め振り替える段蔵は、ノアの問いに答えることなく半次郎に視線をおとした。
「……俺をこえてみせると大言壮語した以上、そいつにはその約束を実行する責任がある。
だからその男を生き延びさせろ。
それができたなら、ハクの居場所を教えてやるよ」
そう言い残した段蔵は、ノアの視界から疾風のごとく消え去った。
その段蔵が最後にみせた感情は、野獣が持ち合わせるはずのない憐れみの情だった。
半次郎にはその本質がわかっていたからこそ、段蔵にたいしても情をもって相対したのだろ。
そう判断したノアは、なおのこと半次郎を死なせてはいけないと感じていた。
「とにかくシャンバラにつれていかねば、話にならないな。
あとはオマエが背負いし運命の重さと、ワタシの忌まわしき血がその生死を分かつだろう」
ノアは半次郎を抱き上げると、歩み寄ってきたファルコンの背にあずけた。
そして一路シャンバラを目指すべく、故郷へと続く長い回廊の入り口に足を踏み入れる。
その影を洞窟の闇が完全に呑み込んだ直後、地響きとともに固くその口を閉ざした。
感想
感想はありません。
「水無月密」の携帯小説
- ベースボール・ラプソディ No.69
- 流狼-時の彷徨い人-No.87
- 流狼-時の彷徨い人-No.86
- 流狼-時の彷徨い人-No.85
- ベースボール・ラプソディ No.68
- 流狼-時の彷徨い人-No.84
- 流狼-時の彷徨い人-No.83