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少年K (1)

[842] 桜庭 光 2016-10-16投稿
「分かるはずがない。俺たちの気持ちなんて…」
12年前、近所に住んでいた幼稚園児を自宅に連れ込み殴り殺した少年が、刑事になったばかりの左古に言った言葉だった。
事件の傍観者となる我々は、殺されたこともないのに被害者の怒りや悲しみを自分のことのように受けとることができる。その
一方で加害者の気持ちなど一ミリも汲み取ることができない。できないのではない、悪意に目を逸らして生きていくことを正しく生きていく術にしていたからだ。


和馬は薄暗いトンネルの中を歩いている。天井をいくつも這う太い血管のようなパイプを見上げながら、前を歩く男と距離を詰めている。男はこちらの様子を気にもとめずに歩いている。和馬から覚醒剤 ゼブラを受けとる約束をしており、薬に飢えている男は埼玉からわざわざ渋谷まで赴いた。このトンネルは裏路地にあり、人気も少ない。和馬はポケットを探りジャックナイフを取り出した。暗いなか、蛍光灯に青白く反射するナイフの刃をじっと見つめる。次の瞬間、和馬は勢いよく男の首に刃を突き立てた。頸動脈を確実に仕留めたが悶える男。両手足をばたつかせ崩れ落ちていく。膝たちになった男の首を切り裂くようにナイフを真横へ引き抜いた。血が線を描くように放出し、トンネルの壁を赤く彩る。とうとう血の気の失せた男は前のめりに倒れた。和馬は男の死体を踏まないように跨ぎ越すと、振り向き様に男の死に顔を見た。目元にはクマができていて、頬も痩せこけている。薬に頼った男の末路だ、お似合いじゃないか。和馬は鼻で笑うと、その場を歩き去っていった。

「まただよ。いつも彼女とデートしてる時に事件が起きる」

鑑識課の鈴木がうんざりした顔でカメラを回す。多摩川河川敷でバラバラ遺体がポリ袋に入っており、死臭をかぎつけたホームレスによって発見された。頭と手足 胴体と股関節が袋分けされていた。新人刑事の出雲は左古の隣で嘔吐していた。

「お、今日は何を食べた?」

鈴木は面白半分に出雲の吐瀉物にシャッターを回した。灰色の空を仰いでいた左古は鈴木に注意する。

「やめとけ。あまり調子にのると、長官に一喝されるぞ」

左古が顎で示す先には仏頂面の武山がいる。渋谷区連続殺傷事件の捜査長に任命されたのは、暴走族との抗争に逃げ腰だった武山だった。武山は上司の言うことなら、なんでもやる。暴走族の件では手をつけられないと判断した上司に指示され、完全に手を引いた。そのくだらない忠誠心が認められ、捜査長を任されている。


「なんで武山さんが捜査長なんですかね。左古さんのほうが納得いきますよ」

鈴木は武山を見たあとに左古を肘で小突いた。出雲がようやく落ち着いたのか、それでも青ざめた顔で戻ってきた。遺体はすでに回収され、そこには生臭い血の匂いが悶々としている。

「野次馬が増えてきたから、すぐ回収したんだろ」

左古が河川敷の歩道に集まる人々を見る。心配そうな顔をする人もいれば携帯で写真を撮る人もいる。まるでこの事件を待っていたかのようだ。

「みんな口々に噂してますよ、少年Kの仕業だって。」
出雲が見上げながら言う。鈴木も興奮したように食いつくが、左古の反応はいつも同じだ。

「またそのヒーローか。」

「未解決事件の犯人像としてでっちあげた少年Kらしいですが、悪者ばかり狙っている殺人鬼をヒーロー扱いですよ。」

「殺意に共感する若者が増えたのかもな。これからの日本が心配だよ、全く」



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