「ここが彼女の家だ」
「そう…」
僕は、依然固い表情を崩さないままの大沢千尋を伴い、葛城静の自宅まで来ていた。
覚悟を決め、インターホンの呼び出しを何度か押しても応答がない。
「あれ?出掛けたのかな?じゃ、出直すか千尋」
「うん、…そうしよ」
二人が踵を返した所、買い物袋を大量に抱えた人物がこちらにやってきた。
「あら、千尋さん?
何よお彼氏と。 私みたいな独り者にノロケ話は勘弁して欲しいわ…」
「あ、…静先生」
「いや、悪いけどそんな甘い話題じゃないんだ。
葛城さんにその、…説明を頼もうかと」
「とにかく入って。ご近所に怪しまれるわ」
僕の言葉に顔つきを改めた静は、ドアロックを解除するとすぐ我々をいざなった。
「リビングで待ってて。見せたいものがあるの」
「何ですか?」
千尋の問い掛けに意味深なほほ笑みを向けた静は、肩先にかかった髪をふわりと後ろに流し、奥へと姿を消した。
「お待たせ。
はい、どうぞ」
「どうかお構いなく。
これ、ディンブラですね?」
「ふふ、優秀な教え子で先生嬉しいわ」
「僕にはさっぱり…」
リビングに姿を現わした静が携えてきたのは、ティーセットとアルバムのようなリーフタイプのファイルである。
「どこまで聞いたか判らないけど、…これを見て」
「かなり古いお写真みたいですね?黄ばんでるし…。
あ!こ、これ……」
「僕たちの、…婚礼写真でしたね」
「ええ…」
目前に置かれた一葉の写真には、紋付袴の僕と婚礼衣裳の葛城静が写っていた。
裏を返すと〔大正五年 三月吉日 真鍋信吉 しず〕と毛筆でしたためてある。
他にも、戸籍謄本などの裏付けとなる数枚の資料がファイルに収まっていた。
息を呑み肩を震わせた様子が、千尋の受けた衝撃の激しさを物語る。
「おしずって、……」
震える声で呟いた千尋はガックリと肩を落とし、声を押し殺すようにしてすすり泣き始めた。