勤めが終わり、一旦屋敷に帰った。私は出掛ける事を妻の『幸江』に伝え、妻は私が出掛ける事で玄関迄見送りに来た。屋敷から寮までは随分掛かる。弥一と平助は饅頭が好きなので、手土産として持って行く事にした。途中で饅頭屋に立ち寄る。亡くなった母が好んで食べていた饅頭も買う事にした。寮に着いた途端、弥一が私に気が付き深々と頭を垂れて出迎えてくれた。
「龍之介様、お疲れになられたでしょう。どうぞ、寛いで下さい」
「土産だ。お前は、坂井屋の饅頭が好きだったろう?」
私は饅頭を手渡すと弥一は嬉しそうに笑みを溢していた。平助は縁側で茶を飲みながら過ごしているらしい。今日は母の月命日だ。亡き母を偲んで寮に来たのもその為だった。
他愛も無い話をしていたが、私は抱いていた思いを口にした。その事で弥一は私の力になってくれると言い、平助は私が口にした事を黙って聞いていただけだった。そして、平助に『さよ』と『ちよ』の事を聞いた。
「旦那様…知られてしもうたのですか…さよとちよが居る所へ案内いたいします。明日、御出で下さるか?」
「もちろんだ、逢わせてくれ」
平助の声は沈んでいた。私も平助同様に胸が痛んでいた。もう私には何も残ってはない…家など守る必要もないのだ。潰して構わないと思っている。亡くなった父と母には申し訳ないが、家など継がなければこんな事にはならなくて済むのだから。