第二次世界大戦に勝利し勢いづいた日本帝国は秘密工作員が原子爆弾開発基地爆破の際に入手した設計図で3年間で2個作られた。それぞれ「剛毅」「炎鬼」と名付けられた爆弾はなんとアメリカ、そしてソ連に落とされた。日本が開発した原子爆弾はアメリカが作ろうとした原子爆弾とはちがい核融合を2回内部で連続して起こるという物だった。さらにアメリカ、ソ連に対して「第一浄土作戦」を決行。もしどおり爆弾の雨を降らしたのだ。また、日本帝国は「我が国家は核を持って平和を作る。よって我々に歯向かうものは核によって制裁を行う。」と世界に宣言。かつてアメリカ・ソ連の連合国であった中国に対しては「黄色人義友条約」という名の条約を結ぶことになりました。その条約から3年後イギリスとアメリカが秘密裏に原子爆弾を作っていると現地に侵入していた工作員から連絡が入り、アメリカには2個、イギリスには1個の原子爆弾を落としました。この事件を「ディストラクションインパルス(破壊の衝動事件)」と呼ばれている。世界の国々は怒りを感じながらも、恐怖を感じていた。