電話の事を父が飛希に相談すると、飛希は「悪戯かどうかなんて、実際に会ってみなければ分からないじゃない。どうしたって潰れちゃうんなら、やれることはやったほうがいいわよ。お父様、私行くわ。ラグーンへ行って、そのヒトに会ってみる。」とキッパリ言った。
それを聞いた父は目を見開いてこう諭した。
「行くって言ったって…！じゃあお前は…見ず知らずの男の婚約者になるというのか!?」
それに対し、飛希は笑顔を浮かべ、「まだ決まったわけじゃないでしょう？私が彼を気に入らなければ、例え会社が潰れちゃうとしても婚約しないわ。」と言った。
父はひどく複雑な面持ちで「飛希…お前は…。」と呟くと、次に詫びるような表情になり、「…飛希…すまない…ッ！」と言ってうなだれた。
…飛希の父は分かっていたのだ。父想いの飛希が、この話を断ることは絶対にないということを。そしてそれを分かっていてこの話を飛希に話した自分を情けないとは思っていたが、もうそれ以外に倒産を防ぐ方法はなかった。藁にもすがる思いで、飛希の父はこの何の信憑性も無い電話の主に賭けることにしたのだ。…娘・飛希を生贄として…。
そしてそんな父の心中を十分分かっていた飛希は、父を安心させるため満面の笑みで、「とにかく心配しないで。」と言って父の肩をポンと叩いた。
飛希の父はそんな娘に感謝し、そして「すまない…すまない…飛希…。」と何度も呟きながら、飛希の手を握った。…父の目から落ちる温かい雫が、飛希の手を濡らしていた。
それから暫くして、父は「泣いてる暇があったら、融資をしてくれるトコを探しなさいッ！この電話だって、実際ホントかどうか分からないんだから！もし悪戯だったら、自力で何とかする以外ないんだからね！さ、仕事仕事！」と娘・飛希に喝を入れられ、涙目のまま社長室を追い出されたのだった。
そして父が出ていったのを見届けた飛希は、自分にしか聞こえないくらいの小声で、静かに呟いた。
「いいのよお父様…。私の恋は…一生叶わないと決まっているもの…。だからこの話がもし本当だったら…私は…──。」
そこから先は言えなかった。溢れる涙に言葉を流されたかのように、飛希は無言で泣いた。愛する恋人を想い、叶わぬ恋を憂い、泣き続けた…。
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