「すまない。進めていいよ。」
岩田さんは、そんな彼に気づいて、〈ノヴェナ〉の合奏に入った。岩田さんの一言が私の心のどこかで引っかかっていた。
出すぎている、そういう意味なのかも。新人のくせに、楽器の経験が長いのをいいことに、でしゃばっていることへの警告なのか…。周りの人たちはみんな遠慮がちだから、私は浮き出てしまうのだ、きっと。
それとも、岩田さんは本当に心配してくれてたのか…。
帰りに、私は進一さんに呼ばれて裏口から出た。裏には、楽器店の従業員用の階段があって、そこから降りたのだ。「ちょっと表ではできない話をします。」とかって言われて、一体何だろう?!
「車で来たので、送ります。」
「えっ、送りますって…私、S水ですけど。」
「知ってます。明日M島へ出張なので、今日はK原に住んでる知り合いのところへ、泊めさせてもらうんです。ですからついでに。」
う〜ん。現在地<S水<K原<M島<東京、ということで、理解していただけるでしょうか?
「本当は、曽根さんがちょっと心配でした。」
「あ、ありがとうございます。」
私は思わず御礼を言ってしまったが、私の何が「心配」なの?
そういえば、今日の合奏の前の、岩田さんとの、無理してる、してないの会話を、進一さんは遠くで聞いていたのだ。それと何か関係が…。
車はすでに繁華街を抜け、国道を走っていた。赤信号で、進一さんがまた妙な質問をした。また、じゃないな、さっきのは岩田さんか。
「曽根さん、本当に無理してませんか?」
やはり同じ質問。私はどう答えていいかわからなかった。
「うちのバンドの連中、見てればわかりますが、みんな適当にやってます。適当でいいって訳ではないですが…。」
要するに、体調を第一に考えろっていう事のようだ。進一さんの目を見てわかった。この温かさがいいのだ。この人は。
信号が青になって、車は右へ曲がった。私が何も言わないのに、進一さんは私の家へ行く道を知っている。…よく見ると、地図を持っている。岩田さんの字か?これは?
「岩田さんがくれた地図ですか?」
「そう。教えてもらったんだ。曽根さんには休んでてもらおうと思ったけど、つい話しこんじゃったね。」
いや、そんなところまで気を回してくれなくても…。