女も三十を過ぎると、様々なことが独りで出来るようになる。カフェで何時間も過ごすことも。今日が12月24日、クリスマスイヴであっても。無論、女の子がお洒落をして彼氏や旦那と連れ立って歩く姿に胸が痛まないわけではない。サダメに違いない、とある頃思うことにした。独りで映画を観に行けるようになり、独りで飲みに行けるようになり、独りで旅行に行けるようになり、それなりの時を過ごせるようになった。が、それとて世界中が幸せに満ち満ちているこの季節は、難しい。寂しいのだ。ため息とともに文庫本から視線を上げると、斜め前の席の男性が目に入った。老紳士、という表現がふさわしい。白髪に口髭、良い年齢を重ねてきた人だ。背もたれのコートとマフラーは、ひと目で仕立ての良さのわかるものだ。カプチーノを啜りながら本のページを繰る姿にも、品がある。時折、ちらと時計の針を見ている。これから奥様と待ち合わせて、観劇かな・・・。私は、しばし勝手な想像に没頭した。ほどなく、彼は本を閉じコートとマフラーを身につけはじめた。時間だ。さて、私もアパートで小さなケーキとシャンパンでお祝いしよう。と、人の気配を感じ顔を上げると、なんとかの老紳士が私を見下ろしているではないか。私はあわてた。老紳士はいきなり、そして一気に話し始めた。「見ず知らずの方に、こんな失礼は百も承知です。しかし、聞いていただきたい。私は晩婚で子宝には恵まれませんでしたが、女房とふたり、穏やかに生きてまいりました。が、この春ぽっくりと先立たれて・・・。今は何とか一人でやっておりますが、この季節はどうにもいかん。寂しくてやり切れん。毎年の癖で、馴染の洋食屋のクリスマスディナーを二人分予約してしまって。どうでしょう、助けると思って一緒に行ってくださらんか。」老紳士は一息ついた。顔面が紅潮している。「あの・・・」「はい?」「・・・どうして、私を?」ためらいの後、彼は答えた。「ここで何度かあなたをお見かけしました。あなたはお若いが、しなやかなご自分を持っておられる。こんな老人の寂しさもわかってくださる女性のようで・・・エスコートさせていただけませんか。」老紳士が、やわらかに笑う。私は差し出された手をとった。「喜んで。」彼は、英国紳士を気取ったサンタクロース。聖夜、サンタの誘いを断る女の子なんているはずがない。