市街を一望出来る小高い丘の上に、私立・桜庭学園高校の校舎が建っている。そこの生徒は、地元の公立高校に落ちて、泣く泣く桜庭学園に通っている。彼らは、保守的でストイックな青春を余儀なくされている。
放課後、生徒は部活か課外授業に明け暮れる。寄り道と予備校に通うことは厳禁。そういう訳で、生徒同士の話題は決まって進路絡みになるのだが……。
「ねぇ、あそこの男の子、みくの好きな人じゃない?」
級友が、公道を隔てた予備校の前で親友と談笑する他校の生徒を指差し、真瀬みくに話しかける。
「う、うん。でも、学校が『恋に気に病む暇があったら、取り敢えず部活と勉強に励みなさい』って……それに……」
「もう、みくったら真面目ぶってうろたえるんじゃないよ! みんな本当は公立に行きたかったよ! その悔しい思いを勉強にぶつける口実として、学校が恋愛を規制している訳じゃないの?」
「それは違うわ。学校が恋愛を規制するのは昔からよ。他所の生徒と妄りに交際なんて出来ないもの。博文君の初恋の相手は私の妹よ。高校に入ってから、思いを寄せている人がいるみたいで……」
か弱くて大人しい、おさげ髪の眼鏡っ子は、家が真向かい同士の幼馴染である松風博文に片想いしている。彼こそ、級友の言う他校の生徒である。しかも、地元の公立校の中で一番の進学校といわれる修学館に通っているのだ。
「えぇーっ! 妹って、後輩の間で『可愛い』と評判の真瀬名波!?」
「妹は『どうしても英語科がある高校に行きたい』と言って、公立一本に絞って受験したの。親に進路を勝手に決められた私に、自分を貫く強さはないのよ」
この辺りに、桜庭学園以外に私立高校はない。普通科しかない桜庭学園とは違い、修学館は理数科と英語科が併設している貴重な存在としてそれなりのステータスを誇っているのだ。
博文は、みくと級友の会話の一部始終を眺めていた。
「みくの奴、道路向かいからお前をずっと見ていたぞ。高3にもなって、よく諦めないものだ」
一緒に見ていた親友は、みくの事を知っている様だった。だが、ごく普通のサッカー少年に過ぎない博文にとって、みくは恋愛の対象ではなかった。
(続く)