【月の社にて?】
「なんだここは…!」
天帝に命じられ、氷月の巫女の住み家『月の社』に来た火燐だったが、厳重な結界を何とか破って扉を開けた瞬間、絶句してしまった。
何故なら、そこは見渡す限り氷の世界。氷の樹や氷の花、氷の道に氷の池。何もかもが氷で出来ている。そして極め付けは、氷で出来た見事な社だ。まるで水晶のように透明な氷が、細部まで緻密な細工の施された社を形作っている。
しかも…半端なく寒い。扉一枚隔てたこの氷の空間と、火燐が住んでいる世界とでは、気温差が40度はあるに違いない。実際火燐は、凍えてガチガチと震えていた。
するとどこからともなく声が聞こえた。低く冷たい…氷の悪魔ような声が…。
「天帝の臣下…火燐だな?よくここまで来たな。…フフ、しかし太陽の元で暮らしておるそなたには、耐えがたき寒さであろう?」
火燐は驚きのあまり、氷の道に足をとられて滑りこけてしまった。
その瞬間、火燐の四肢が凍りつき、火燐は氷の地面に磔られる形となり、身動きが全くとれなくなった。動きを封じられた火燐は、「くッ…!やめろ!指が霜焼になるだろーが!末端冷え症なんだ、俺は!」と叫んだ。すると背後から、さっきとは打って変わって、女性特有の媚を含んだような笑い声が聞えた。その声で、火燐が辛うじて動く首を廻らすと、頭の向いている方に、長い銀髪に氷色の瞳、整った顔立ちの美しい女が立っていた。
女はクスクス笑いながら、「霜焼や冷え症の心配をしておる場合かの?面白い男よ…。まぁ心配は要らぬ。その氷は普通の氷と違って強度が高い分、冷却力は低い。お前は戦闘能力が高いゆえ、動きを制限させて貰ったのだ。」と答えると、笑いを止めて冷酷な表情をつくり、その冷たい瞳で火燐を見下ろしながら「…──まぁもしも霜焼になったならば…氷ごとその手足を砕いてやろう。クク…どうだ?冷え症からも解放されるぞ?よい提案であろう…?」と言った。
それを聞いた火燐は、「ふざけるな!確かに俺の戦闘能力は高いが…炎陽様と張り合うほどのサド…いや魔力の持ち主であるあんたが恐れるほどじゃねぇ!そのくらい分かるだろ!」と怒鳴り、巫女を睨みつけたのだった…。