離れきった空間に、何を埋めよう。
中学生になってから、優斗の手は、男の手って感じになってきた。ちょっと骨っぽくて、血管が浮き出て見える。なのに、盗み見た横顔は、女みたいだ。
「髪の毛、アタシのと交換しようよ」
いつもと同じ、学校からの帰り道に、言ってみたその言葉は結構本音だった。だって綺麗なんだもんな。あたしの髪よりずっと。
「痛そうだからイヤだ」
優斗はこっちも見ずに答える。興味ないってか。アタシの髪には。
今こうやって一緒に帰ることが出来るのは、家が近いからとか、昔からの仲だからとか、そんなこと分かってるのに、この隙間ってダイブ重い。アタシの細腕じゃ支えられない。なんつって。
「ズルいなぁ…」
口をついて出た言葉は、自分でも意外だった。コレには優斗も思わず振り向く。だけど、アタシがそっぽを向くと、何も言ってこなかった。前に向き直って、持っていた炭酸水を口に含んだだけ。
虫が鳴いてる。
そういえば、あの虫の名前、なんだっけ。昔一緒に採ったあれ。
何か緑っぽくて、偉そうな名前だったよね。ねぇ、覚えてる?
まだ水色の空を見上げたら、遠くに鳥が飛んでいた。
日が長いこの季節に、あと何回この道を歩けるのかな。
この空気を、吸えるのかな。
歩く長さも、その回数も、優斗といるときだけのやつ、だよ。
「…また作れよ」
「え?」
優斗の声に白昼夢から目覚めて、家の前についていたことに気づく。
「作れって…?」
聞き返すと、優斗は広げた手をアタシの目の前にかざした。手のひらには、マジックで書かれたボヤケた文字。
「腹、減った…?」
いろんな意味で、予想外な言葉に、半分笑いながら読み上げると、優斗が広げていた手を自分のお腹に当てた。
「授業中、死ぬかと思った」
授業中に書いたのか、と思いつつ、いつか作ってあげた弁当のことを思い出した。
「てゆーか、授業に集中しようよ」
笑いながら言うと、「腹減って死ぬかと思ったんだよ」と、少しむくれた横顔は、幼く見えた。
「気が向いたら、作ってあげる」
今はまだ、変わらないこの空間で、いたいと思う自分もいた。