君に送る言葉?

深山暁  2006-12-30投稿
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わざわざこんな所まで来たのだから、僕に話があるのだろうが、浅岡はドアの前で動かない。
「どうした?」
聞きながら、今日は尋ねてばっかりだな。と、思った。
「先生こそ、どうしたんですか?」
自分からやって来ておいて、どうしたもないだろう…。
「何がだ?」
「何かあったんじゃないですか?」
言葉に困った。
気付かれていたのか…。他の生徒にも?
僕の考えを読んだかのような絶妙なタイミングで浅岡が言った。
「他のみんなは、たぶん気付いていません。私も友達にも言っていません。」
「…。」
「大丈夫ですか?」
まただ…。また僕は何も言えない。
何を言っていいかも、わからない。
僕が困っているのを察したのか、浅岡は取り繕うように言葉を重ねた。
「大丈夫ならいいんです。何か、いつもと先生の様子が違う気がして、心配になってしまって。」
「どうして…そう思った?」
声が震えた。
浅岡はキョトンとした顔をして
「なんとなくです。」
そう言って笑った。
その笑顔が温かくて、情けない事に涙が出てしまった。
生徒の前で、しかも、かなり個人的な理由で泣いてしまうとは。
教師失格だ。
しかし、涙は止まらない。
「悪い。」
涙を拭こうと顔を背けると、浅岡がハンカチを差し出してきた。
「泣きたい時は、ガマンしない方がいいですよ。自分の感情は素直に表した方が楽になれます。…先生も、一人の人間なんですから。」
ありきたりだが、優しい言葉だった。
「ありがとう。」
浅岡の優しさに本当に感謝していた。
「ハンカチは、いつでもいいです。 早く、元気になって下さい。私、先生の授業、好きなんです。」
「ありがとう。」
それしか言えなかった。
浅岡はゆっくりと部屋から出て行った。
涙が止まってからも、僕はしばらくぼうっとしていた。
軽い虚脱感に襲われながら家に帰った。泣いた事で、張り詰めていたものが切れたようだ。
マンションの部屋は暗い。
当たり前の事だが、それを寂しく感じた。
鍵は、きっちりポストの中に入っていた。
朝、宣言していた通り、沢子の物は片付けられていた。
沢子の物がなくなった部屋は、驚くほど殺風景で、閑散としていた。
腹はすいていたが、自分で何かを作る気にはなれない。



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