貸した筈の髪留め

ハナヤ  2007-01-05投稿
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「行くの?」
「うん」
「…ふーん」

ヒュウヒュウと風が吹く。さすがにこの時期にマフラー無しはつらいものがあるなぁ。

「いつ帰ってくんの?」
「さあ?帰ってこないかも」
「ふーん…」

嘘つき。帰ってこないんじゃなくて帰ってこれないんでしょ?

「…はい」
「…何コレ?」
「私のお気に入りかつ超大切な髪留め」

後ろから差し出せば、律儀に振り向いて受け取った、蝶の模様が彫ってあって、その周りにキラキラ光る小さな石が沢山ついてる髪留め。
危ないから前向いてなさいよ。

「…あのさ僕男なんだけど」
「こんなデカい女いたら怖いわよ」
「いやそうじゃなくてさ、男が髪留め貰っても仕方がないんだけど?」
「誰があげるなんて言ったのよ」

馬鹿じゃないのコイツ。あ、実際馬鹿だったか。

「ソレ本当に大切なのよね」
「イヤさっきも聞いたよ」
「だから傷つけたり壊したりしたらシバき倒すから」
「だからさ僕男…」
「絶対綺麗なまんまで返しなさいよ」

絶対、帰ってきて返しなさいよ。

「…うん、分かった」
「よろしい」

…何笑ってんのよ。見えなくても振動伝わってきて分かんのよ。殴るわよ。

「んじゃサッサと帰るわよ。ほら早くこぎなさい」
「あ、うん」

自転車の後ろに乗って、流れてゆく景色を見ながらの会話。
明日から一人で歩かなくちゃいけないこの道。
明日にはいなくなる制服越し体温。

「…明日から学校も歩きかぁ…」
「新しい奴見つければ?」
「本気で言ってんなら殴るよ」

アンタだから毎日毎日送り迎えしてもらってたんだし。
アンタじゃなかったら頼もうなんて思わないわよ。お尻痛いし。

「じゃ、サヨナラ。」
「うん、サヨナラ。」

家に着いて自転車から降りる。いつもは言わない別れの言葉を言って、アンタはいつもと同じように自転車に乗って帰っていった。

ーー…

「…バカじゃないの。」

次の日の朝。郵便受けに入っていたのは、髪留めと一枚の手紙。

手紙には一言だけ、あいつの下手くそな字で『ゴメン』とだけ書いてあった。

「…ウソでも無理でも、約束くらいさせなさいよ。」

一時だけでも、アンタが帰ってくると信じたかった。

蝶の髪留めが、朝日にキラキラ光っていた。



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