そのころあの男は、鷹助が実は人気者で、顔も周囲に覚えられてしまい諸国を逃げ回っていた。
そして年が明け、桜が咲きそろそろ涼しい季節になろうというところで鷹太郎が帰って来た。
そして土産話で夜を明した。
鷹助がその話を聞いて不思議に思ったのが、ある老人に呼び止められたという部分である。
「もし。そなた、人を恨んでおいででしょう。」
と話しかけられたようだ。
「討ち取らねばならぬ奴がおるが、なぜわかった?」
「その炎を宿した眼をみれば…。恨み、憎しみを積み重ねたところで、人を倒す事はできませぬ。」
「ならばどうしろと」
「心をからにするのです」
というと老人は不意についていた杖を横薙ぎにしてきた。鷹太郎から見て左からきたので刀を鞘ごと引きだし止めた。
「ほらごらんなさい。なにも考えずただ私の動きを見れば切り捨てることができたはず。からっぽにするのです。ではこれで」
そしてはや去っていった。〔剣の道、竹とみてこそ、天下にのぼる〕と一句を残して。
鷹太郎はこの事から不思議と勘が鋭くなったという。
明くる朝。
あの男が、いつもの小高い丘に立ち尽くしていた。
「ほう、あやつの倅か。」
「最上鷹太郎。参る。」すらっと刀を抜くと〈下段〉にとる。
「武富士。参る。」
武富士は〈上段〉に構えた。
同時に間合いを詰め合う二人。一足一刀の間にはいると鷹太郎は一文字に構えを変える。横薙ぎと振り下ろしが交差する。一閃の後、武富士が静かに倒れた。仰向きになりながら、あの老人の一句をつぶやき息絶える。
「朝焼けはいいものだ。雲が朝日を覆い隠して、そこから光がもれる。もれたからこそ美しい。」
鷹太郎は、武富士の振り下ろしを弾き、脇差を抜いて胴を斬ったのだ。