満月の輝く夜…──街外れにある湖の畔に、一人の美しい少女が立っていた。金色に輝く長髪を風になびかせ、翠色の瞳で静かに揺らめく水面を見つめている。その少女の名はシエラ。街一番の美女で、街一番の名家の娘で、そして街一番の不幸な少女だ。
なぜなら、シエラの眼前に広がる、たっぷりと水を湛えたこの湖は、古くから神が住んでいるという謂われがあり、15年に一度、鎮災のために街一番の美女を生け贄として神に捧げる風習があった。そして今回、その生け贄として選ばれたのが、シエラだったのだ。
あと数時間後、満月が冲天まで昇ったとき、彼女は生け贄として湖の底に生きたまま沈められてしまう。
ただ、生け贄にはこれといった見張りもいないため、逃げようと思えば逃げられないこともないが、シエラは自分が逃げれば他の誰かが犠牲になると分かっていた。元来優しい性格のシエラには、誰かを犠牲にすることなんて到底出来なかったのだ。
そしてシエラは、覚悟を決めるため、こうして儀式の前に湖の畔にやって来た。静かな湖の水面を眺めながら、心を落ち着けようとした…が、涙がとめどなく溢れてきて、それはシエラの頬を伝っては、雫となって地面に落ちていった。
そうしている間にも、月はどんどん冲天に近付き、空は夜だというのに明るさを増してきた。
やがて徐々に街人が湖の周りに集まりだし、儀式を執り行う神官達も、シエラの入れられる棺を抱えてやって来た。黒く塗られた重厚そうな棺は、水中に沈めたが最後、内側からも外側からも絶対に開くことが出来ないということが見てとれた。
シエラはその棺の傍らに立つよう神官に命じられ、震える足取りでゆっくりと棺に近付いた。その時既に、湖の周りは街人で埋め尽され、静かだった水面も僅かに波打っていた。シエラは目を凝らし、集まった街人を見渡した。すると、木の陰に隠れるようにして泣いている両親を見付けた。シエラは唇をわななかせ、誰にも聴こえないくらい小さい声で、「父様、母様…ありがとう…。さようなら…。」と呟いたのだった…。