『27歳、無防備な朝』
私と夏樹はコーヒーを飲みながら、ニュースを見ていた。
どこかのコンビニに強盗が入ったとか、交通事故でお年寄りがなくなったとか、芸能人の誰かと誰かが付き合っているだとか、私たちには直接関係はない日々の出来事。
「みやちゃんは今日仕事?」
夏樹はチャンネルを変えながら私に尋ねる。
「今日は休みだよ。」
「俺らは今日も仕事です…。」
夏樹はソファーの背もたれにドサッと体を投げて天井を見ながらタバコに火をつけた。
「仕事…ピアノ教える人だっけ?」
「うん。自由業ですよ。」
私は苦笑いして答えた。
「真樹は先生やってたんだよ?」
「えっ?」
「中学でね。たるくて辞めたみたいだけど。」
「ふーん…。」
意外だった。今ここでイビキをかいて寝ている人が中学の教師。人は見かけによらぬもの。この言葉そのものかもしれない。
「好きな時に働いて、好きな時に休めて、けっこう稼げて。キミは幸せだね。」
夏樹はイタズラな目で私に声をかける。
「稼げてはないよ。お金が欲しくなったら派遣やったり、ギリギリの生活してるんだもん。」
苦笑いする私。
「お互いに苦労してるわけですか。」
夏樹も苦笑いしてタバコの火を消した。笑った顔は少し真樹くんに似ているかもしれない。
「うぅぅ…、今なんじ?」
真樹くんが寝返りをうちながら話しかけた。
「今…11時くらい。」
私が答えた。むくりと起きてトイレへ行くかれの後ろ姿を私は眺めていた。
その時どんな顔をしていたか、私はわからない。もっと時が過ぎた後にその様子を夏樹から聞くなんて、その時はまだ知らなかった。
「みやちゃん、すっぴん?」
真樹くんの言葉ではじめてハッとした。鏡に映るのはすっぴんの私。その後ろでは、ソファーでニヤニヤする女より綺麗な男。そしてあくびしながら寝癖を直す彼だった。