聞こえない。
聞こえないよ、騒がしすぎて。
目を閉じれば、ほんの数秒前の誰かの口の動きが甦る。
居場所をなくしてにじむ世界が言った。
「戻っておいで」
たっぷり注がれた疲労感に、つい歩き方を忘れる。
夕闇から舞い降りてきた漆黒の鴉が僕の右目を突いて、低い声で鳴いた。
「手放してしまえ」
オレンジ色の街灯が並んでいる。
変に明るい闇空を鳥の群れが行く。
粒にも満たない小さな小さな雨が僕の顔を染めていく。
「おそれているね」
見上げて、泣きそうになった。
遥か遠い宇宙に帰りたいと願う、漠然としたこの淋しさの理由を教えて。
カーテンの隙間から漏れる人の光が、僕の足を登って消えた。
雨混じりの風が落ち葉をさらっていく。
「今日はもうおやすみ」
たったひと粒の雨が僕の頬に落ちて滑っていった、夕闇。