男の返事は無く、周りからは好奇の視線と失笑。
恥ずかしくて固まってしまった蘭。
ただただ地面を見つめていたら、突然降り注ぐ雨が遮られた。
「！」
顔をあげると、目の前に男。
手には蘭が落とした傘を持っていた。
行ってしまったわけじゃなく、ただ蘭の傘を拾おうとしただけだったのか。
なんだかもう――嬉しさと恥ずかしさとさっきの恐怖がぐちゃぐちゃになってしまい、蘭は泣き出してしまった。
「うぅごめ…なさっ………ありが…と……ぅ。」
小さな体をふるわせて、泣きじゃくる少女。
子犬みてぇ。
思わず吹き出すと、少女は目を見開いて見つめてきた。
ごまかすように手を伸ばし、雨と涙に濡れた蘭の頬をグイッとぬぐう。
「そんなだから絡まれんだよ。家どこ？近い？」
「あっ…すぐそこです……３分くらい…。」
「近っ。じゃあさっさと帰れよ。」
傘を渡すと、男は今度こそ背を向けて歩き出した。
ふわりと甘い香りが蘭を包み、最後の勇気を奮い起こさせる。
「あのっ！お名前はっ！？」
男は立ち止まらず、振り返りもしない。
ただ少し肩をすくめ、雨音にかき消されそうな小さい声で呟いた。
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