ヤス#7
陸路だ。民家が並ぶ漁港付近は小魚しか釣れない。しかも、島のハナタレ達[ヤスも大人から見れば立派なハナタレなのだが…]が釣りをしているから、一緒に釣る気がしなかった。島の裏側に通じる農道がある。もちろん舗装などされていない。リヤカー一台がどうにか通れるくらいの獣道のような農道だ。それが島の反対側まで一本だけ通っている。夏は南竹や雑木が生い茂り、リヤカーすら通れなくなる。ヤスはその中にいた。島の反対側までは子どもの足で三十分程の道のりだ。ヤスはペラペラのゴムぞうり。猿股とランニングシャツ姿で竿を担ぎ、水中メガネと磯カギを持って、颯爽と歩いていた。
今から、自分だけの秘密の漁場に行くのだが、ヤスは既に、帰りの自分を想像してニヤつきながら歩いていた。(あっ、ニヤついて歩くのは颯爽とは言わないか…)
磯カギと言うのは五十センチ程の鉄のヘラみたいな物で、先の方がカギ状になっている。海女がサザエやアワビを採るのに使う道具である。
とにかく、ヤスは急いでいた。今は大潮の時期だ。そして、今日は潮の干満の差が最も大きい日にあたる。絶対に大物が捕れるはずだと目論んでいた。