「いつものとこで。」
彼の一言で始まるあたしの夜。イヤなら逃げればいいのに、逃げない。正確に言えば逃げられない。あたしもどこかで求めているのだろう。
通り慣れた道。薬屋の角を曲がると、
あっ・・・彼の車。
あたしが彼に出会ったのは、高1の秋の終わり。銀杏の葉が落ちて、もうすぐ辺りを白く彩るような季節だった。
生まれて初めてやったバイト先に彼がいた。
博明。あたしより11歳も上なのに、子供っぽくて、すぐにちょっかいを出してきた。でも、妙に憎めなくてよく話すようになった。
あたしがバイトをしていたのは、国道添いのガソリンスタンドで、お客の入りもそこそこあった。ガソリンのニオイがイヤだと言う人もいるが、そのニオイが好きでバイトするならガソスタと決めていた。
やがて寒い季節がやってきた。白い雪と強い風は身も心も縛りあげられているようで切なさは増すばかりだった。
切なさと言えば、、、最近博明に元気がない。なにをしててもうつむいてはため息ばかり。
変なヤツ。
ある日のコト。30代半ばくらいの女の人が博明を尋ねてきた。奥さんだ。博明より3コ上の彼女はロングヘアの似合う人。博明とは職場内恋愛で、奥さんが博明にゾッコンだったらしい。黄色い通園カバンを斜めにかけた男の子が車から出てきて博明に駆け寄る。なんだかその姿に距離感を感じた。
この年は雪が長く降った。自転車は滑るのがイヤで、駐車場にて待機中。通勤手段が徒歩のみのあたしは、何度もうちに帰るのがしんどくなっていた。
何回目かわからない位雪が降った日に、大きな窓ガラスから外を眺めて博明がつぶやいた。
聞こえてはいたが、疑いを持ったあたしは聞き返す。2回目ははっきり聞こえた。珍しいことを言っている。 「今日は送っていくよ」
なんて。普通に思えば、他愛ない会話。しかし、その日の夕に降り始めた雪は、すべてを飲み込むように降り続けていた。
つづく。。。