朱斐が帰ったのは次の日の早朝だった。今日は帰らない、それだけの一方的な連絡だけをした。
ドアを開けると予想通り聖夜が腕を組み、仁王立ちで立っていた。
「お帰り……」
聖夜は眉を潜め、怒りを露にしている。
朱斐は、徹夜で待っていた聖夜にただいまも言わず、目も合わさず無視するように自分の部屋に向かおうとした。
「オイッ! それが心配して待ってた奴に対する態度か?」
無言で横切った朱斐の手を掴むと、怒鳴り付ける。
バシッ
「──ッ!!」
朱斐が聖夜の手を叩き祓う。
「──……私に……触らないで」
「朱……斐?」
「──……私は白藍との婚約を破談にします。私は……」
「?」
「黄藍に抱かれました」
「なっ! どうしてそんな……嘘…だろ?」
聖夜は朱斐の肩を掴み、嘘だろ!? と繰り返し聞き、朱斐はずっと、聖夜から目を反らし顔を見ようとしない。
「私は……どうしても……自分の為に婚約を破談にしたかった……だから…」
「だからって!! そんな……そんな事までして破談にしたかったなら何で俺に言わなかった!!」
朱斐はうつ向き長い横髮が顔にかかり、表情が見えない。
聖夜は繰り返す、なんで? どうして? 好きな奴でも無いのに馬鹿な事を───
その言葉は朱斐の胸に突き刺さり、聖夜が繰り返すたび胸が張り裂けそうになった。
「──が………だ……よ」
朱斐がうつ向いたまま、小さい声で言った。聖夜がえっ? と聞き返す。
「あなたが好きだから」
「な……何言っ…」
「あなたが好きだから黄藍と寝たのよ!! 聖夜を好きなまま、白藍と結婚したくなかった!! だから黄藍に頼んだのよ!!」
朱斐は声を張り上げ、睨み付けると、肩に触れていた聖夜の手を振りはらい、自分の部屋に素早く入り鍵を閉めた。
呆然と固まっていた聖夜が、我に返ると朱斐を追いかけ、ドアを叩いた。
「朱斐! 朱斐!!」
部屋に入った朱斐はズルズルドアにもたれたまま床に崩れ落ち、耳をふさいだ。
「朱斐! さっきの……本当なのか? 朱斐!」
聖夜は鍵の閉まったドアを叩き朱斐の名を呼び続けた。朱斐はドアの向こうで耳をふさぎ、何も答えなかった。
「──よ……好きよ聖夜……許して…許して聖夜…私には…この道しか……無かった」