見える。
目を閉じると、暗闇の代わりに落ちてくるのは一つの景色。
そこには、ひどく淋しそうに一人たたずむ<病>の姿。
声をかけると、驚いたようにこちらを振り返る。その容貌は、この世の生き物と多少は違うが、根本は何も変わってはいない。むしろ、純粋そのもの。
口をつぐんだまま何も言わないそれを、ゆっくりと撫でる。もちろん、意識の内の話だが。
そうすると、ほっとしたような顔をして、言った。
わたしの、お話あいてになってくれるの?
笑顔でうなずいてから数時間後、それは、ゆっくりと満足した表情で景色に融けていった。
「・・・はい。これで命に別状はありません」
「お花!大丈夫か!」
いかにも厳格そうな店の主人の必死の声に、お花―でっぷりと太った三毛猫は、にゃあ、と面倒臭そうに答えた。
「肥満からくる病気です。これからはあまり餌をあげすぎないようにしてください」
「うむ。この礼はいくらでもするぞ」
鷹揚に言う姿も、三毛猫を抱えた姿じゃ様にならないなぁと思いながらも、あたりさわりのない返事をしておく。なにせこの人は江戸でも随一の呉服屋・藤間屋の主人伊右衛門だ。お得意様になってもらうにこしたことはない。
「して、カ・・・カツ・・・」
「カツァーネ・折原です。大和名は、折原重。おもいと書いて、かさねです。以後、お見知りおきを」
さげた金色の頭を、興味深げに眺められた。
時は嘉永6年春。
僕がオランダから日本にやってきて1年目、医者という肩書きが、大分板についてきた時、つまりは
―日本がまだ鎖国をしていた頃の話。