あの日のホームで 1

イーペイ粉  2007-03-25投稿
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吹きっさらしのホームには、当然のように人影が無かった。通勤ラッシュの時間帯を抜け、さらについ今しがた、日に数本しか来ない快速が出発したところであっても、この静けさは上嶋の心を沈ませた。
どうも最近、この沿線を使う人間が減っているような気がする。辺鄙な田舎町の小さな駅だが、それでも開通した頃には、まさにごった返した人々が押し寄せたものだ。時の流れとともに、話題性は薄れ駅の傷みは濃くなっていった。新たに造られた新幹線に、何もかもを奪われたようだった。
それでも、上嶋はこの小さく薄汚れた駅に、毎日欠かさず通っていた。老いた駅長に疎ましがられながらも、上嶋はホームの階段にぼんやりと腰掛けて、一人の女を待っていた。
もう何年前になるだろうか。その女はケイコと名乗った。どんな字を書くのかは知らない。尋ねる機会を逸してしまっていた。
ケイコは突然に上嶋の前に現れた。艶やかな黒い髪を後ろでひとつにまとめた彼女は、女神のように美しかった。上流の学校で勉強して、女性に免疫の無かった上嶋にとって、ケイコの存在はまさしく別世界だった。二人が付き合い出すまでに、そう時間はかからなかった。
ケイコは、上嶋のどんなくだらない話にも声をあげて笑った。ころころと変わる可愛らしい表情に、上嶋はますます骨抜きにされていった。
普通の恋人らしく、たまには喧嘩もした。それらは全て、オムレツにはケチャップかソースか、などといった他愛もない喧嘩ばかりだったのだが、最終的にはいつもケイコが泣き崩れて、上嶋が慰めるという形で終結した。
ケイコには住み処がなかった。それは、寝床を頼る友人も居なかったという意味での住み処であったので、ごく自然とケイコは上嶋の狭い一人部屋に居着いていた。
ケイコの素性などどうでもよかった。どれだけ我が儘に振り回されようが、どれだけ金銭的に危なくなろうが構わなかった。彼女の頼むことならば、どんな内容であろうとも、必ず遂行するつもりだった。
ケイコを愛していた。そして、ケイコも自分を愛してくれていたと思う。そうと言い切れる根拠は全く無いが、漠然とした自信だけが胸に満ちていた。



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