「拓海!」
「母さん。」
「すいません。この子が何かしましたか?」
耳元で母はこっそり呟いた。
『5階の501よ。早く行きなさい。』
俺は母さんに看護士をまかせ階段に走った。
母さん、なんで二階にいたんだ。
そうか、俺を探してたのか…
俺は苦笑いを噛みしめた。
階段は焦って登るものじゃない。
俺は何度も転び落ちそうになりながら5階にたどり着いた。
目指す部屋はすぐにみつかった。
壁には『音滝 カノン』とかいたプレートがあった。文字は新しく、ペンの黒さが力強かった。
俺の足が止まった。
真っ直ぐ駆け込むと思っていたのに。
正直に言うと怖かった。
カノンの顔がまた浮かんだ。
俺は深く息を吸い込み力をためた。
右足を一歩出す。
なんともない。
左足を一歩出す。
なんてことはない。
心臓の鼓動がやけに響く。
俺は間もなく、細く、力の抜けた、けれど確かなカノンを見つけた。
カーテンを手で押しやり滑り込むようにヘッドの側に立った。
「カノン…」
俺はカノンの青白い顔を撫でた。
ヒヤリとした感触に一瞬、息が止まったように感じた。
閉じられた瞳からは生気が感じられない。
でも生きている。
カノンはいつか目を覚ます。
俺はヘッドのすぐ横の壁にもたれかかった。
目前にだらりと垂れるカノンの手を両手で包み込むように握る。
「カノン…。待つよ。俺、いつまでも待つから、必ず目を覚ませ…」
夜。
きっと真夜中。
頬に心地よい感覚を得た。暖かい。
《拓海…………………》
《……………カノン。》
《おはよ。》
《馬鹿。俺の台詞だよ。》《はは。心配した?》
《心配した。》
《………………ごめん。》
ごめん。