小学校二年の時だったか、、母が他界した。
事故だったらしい、、。
納棺の席で父は一滴の涙をおとし、「二人で頑張ろう、、」声を漏らした。
父が涙する姿はいたく滑稽で、涙する意味が掴めない自分がいた。
滅多に会わぬ親族もハンカチを濡らしている、、。
私には感情が欠落しているこを悟らされる日となった、、。
泣けぬ自分を恥じらい、式が終わるまで頬をツネっていたことを覚えている、、。
年も重ね、また桜咲く暖かな時期が来る、、。
私は 18才になっていた。
いまだ涙を流したことはないが、友の前では明るく作り笑いをし秘密を通している、、。
どうすれば涙を出せるのか、、感動でも悲しみでもいい。目標をその一点に捧げる。
私はビデオ観賞に浸り、本も読みあさった、、目は乾いたまま。
友から泣ける曲があると聴けば放課後には入手したが、、潤うことはない。
人気あるアーティストは制覇し、マイナーな曲も聴き始め。毎日、自分と葛藤していたとき一枚の紙と出会う、、。
内容は難しく、意味深げで何を伝えたいのか理解に苦しんだが。
質問と答えの部分、、引っ掛かるものがある。
最後に「行ってらっしゃい、、」
どうにかして書いた本人と交信をとりたいとねがうようになった。
買ったCDはクラッシック、、この紙とはなんの共通点もない。
誰かが故意に入れたとしか考えられない。
全は急げ、私は購入した店へと走る、、。