ヴァロールは掌(てのひら)をゼノスの腹部に持っていく。掌と腹部の間に若干のスペースを残したところで、ゼノスは突然後方の向かい側の民家目掛けて吹っ飛んだ。
今度はゼノスが壁に激突した。なす術もなく壁に叩きつけられ、血が喉から逆流しそれを口から吐き出す。灰色の地面が朱に染まる。
「クソッ」
口の周りについた血を手で拭う。
ヴァロールは胸にささった剣を抜くと、そこから血が流れ出すがしばらくすると血も止まり傷が塞がっていく。
「なかなかいい攻撃だったが、胸を貫いただけでは俺を殺すにはまだ足りんな」
壁に激突した時、脳を揺らされ軽い脳震盪を起こしたゼノスは、焦点が合わないままヴァロールを見据える。
「だったら、次は死ぬまで切り刻んでやる」
「それにはこれが必要だろう?」
クラウソラスを前に突き出す。
「人の物は盗るなって教えてもらっただろ」
「置いていったくせにとんだ濡れ衣だな。安心しろ、り過ぎる。
その途中、柄に手をかけ悲鳴を上げる筋肉を無視し、握力と筋力で強引にスピードをゼロにし軌道を変える。
自分の武器を取り戻したゼノスはヴァロールへと意識を向けるが崩れた壁の前にヴァロールはいない。
「何処に行きやがった」
「ここだ」
背後から袈裟斬りに斬りかかる。
ゼノスは振り返りながらそれを受け止めるが、ヴァロールと視線が交差した瞬間辺りは真っ白になり意識が飛ぶ。時間はほんの一瞬の間だったが、ヴァロールの追撃に反応しきれない。
掌を顎に向け、下から上へと押し出すとゼノスの体は勢いよく空中に飛ばされる。
飛んでいくゼノスのさらに上に姿を現したヴァロールは今度は上から下へと掌を押し出す。
「潰れてしまえ」
凄まじい勢いで地に叩きつけられ、石を敷き詰めて舗装された道路の石を粉々に砕き、そこから茶色の土が見える。
「どうした?もう終わりか?」
仰向けに倒れているゼノスを見下ろすヴァロール。
「何言ってんだ。これからが本番だ」
ゼノスは地面に手をついて起き上がり、一向に衰えない覇気を纏い構える。
「それは楽しみだ。期待するよ」
ヴァロールは再び何もない空間から剣を取り出し、邪悪な笑みを浮かべ構える。
時は遡り、ゼノスとヴァロールが対峙する少し前。
フィンは全力で馬を走らせる。
首都オリュンポス北西の門を駆け抜け、細い路地、裏道を通り最短距離でグリトニル宮殿に到着した。