確かに彼の開けた扉は、男でありながら、ここアンセトル国で最も信仰を集める「慈母の女神」の再来
とまで謳われた、第二王子セデゥスのもののはずだった。
本来ならあの艶のある微笑をたたえた王子がただ来るべき時を待ち、静かに王族のしきたりである祈り
を捧げているはずなのだが。
しかし兵士の目に入ったのは、怒りのオーラを放ちながら何かの紙をくしゃくしゃと握りつぶす少年の
姿。だが、兵士が言葉を言いなおす必要は無い。ほとんど同じセリフを繰り返せばよかった。
「どうなさったのですか、アクト王子」
きをつけの格好で姿勢を正す兵士に、アクトは怒りを露に声を張り上げた。
「すぐに正門と港を閉めろ! 西の森にも兵士をつけるんだ! どれだけの勢力を使ってもいい、奴を
止めるんだ!!」
「へ……あの、奴と言いますと?」
いまいち状況の飲み込めていない兵士に、アクトは苛立ちながら声を放った。
「兄貴が……第二王子が逃げたんだよ! 王位継承を目前になっ!!」
それからの王宮の対応は早かった。全ての門という門に、兵士・武器・術士をつけ、それこそアリの一
匹も通れないほどの厳重な警備がしかれた。まるで戦争でも始めるのかというほどの勢力を開放し、あ
ちらこちらで配備の入念な確認が行われている。
そしてそれを見つめる二つの瞳。
男は大振りな木の枝に腰をかけ、葉の間からぼんやりとその光景を眺めていた。