正門前でアクトは仁王立ちしてじっと構えていた。彼の好むカラスの濡れ羽色をしたマントは、砂埃の
中でも大きく舞っている。
「守備は?」
「はい、問題ありません!」
十代半ばにも満たない幼い王子の問いにきびきびと答える兵士だが、それでもアクトの気持ちはどこ
か治まらない。
(くそっ……もしこれでまた逃げられたら、今度は俺の番じゃないか!)
焦りは積もるばかり。上等の絹で仕立て上げられた服も、走り回ったせいか皺が増えて、どことなく
質が落ちて見えた。
そんな王子の様子に気づいたのか、側で控えていた前線部隊隊長が力強くアクトの肩を叩く。髭面の、
だがどこか愛嬌のある顔立ちだ。
「王子、心配には及びません。セデゥス様なら必ずや我々の元へ帰っておいでになられます。あの慈愛
の佳人と呼ばれたお優しい方が突然逃げ出すなどあるわけが無いではありませんか、きっと何かご理
由が−」
そこまで言うと、隊長の屈強な体は驚くほど簡単に膝をついてアクトの足元へと倒れこんだ。それに
合わせて兵士達の呆然とした顔が集まる。
あまりに突然のことで誰一人それに反応することは出来なかった。いや、一族の末弟を除いては。
「やぁアクト、どうしたんだい?そんなに怖い顔して」
(よくもまぁ、しゃあしゃあと……)
心中で独りごちるアクトの視線の先――手刀でも入れたのか、どさりと崩れ落ちた隊長の後ろには、
言わずと知れた慈愛の佳人が悠々と立っていた。