「証拠不充分!?」
この世には理不尽な事不可解な事は幾等でも有るだろうが、若くして数奇な運命に弄ばれて来た観戦武官首席に取っても、こんな対応に接したのは前代未聞と言うしか無かった。
最外縁征討軍総旗艦《D=カーネギー》号船内警備課のオフィスにてありのままにリクは星間諸侯太子党達の蛮行をまくし立て、その取り調べを要請したのだが、与えられたのは熱の無い表情と遮音室を燻らす無ニコチン煙草の煙だけだったのだ。
「二人が殺され、バーはめちゃめちゃになり、自分含めて二0人以上が目撃しているのに証拠不充分と!?」
漆黒の頭髪を逆立てさせて、少年はクリーム色のデスクに両手を突き、応対者に迫った。
しかし船内警備側のリッチマン保安長は、まるで見飽きた3Dホロ番組を眺めるように相変わらず座ったまま煙草をふかし、その緑の制服姿を微動だにさせなかった。
「船体が破損でもしない限り、我々は動けないんだ。決まりなんだ」
億劫そうに彼はそう言って、ようやく煙草をステンレス製灰皿にぐりぐりと押し付けた。
「破損なら幾等でもしているでしょう!連中が何発ハンドレイをぶっ放したかご存知なので?自分が確認しただけで四0発!その内半数は壁や天井を…」
少年の指摘は正確だった。
そしてそれに対する報いはまたしても不毛を極めた。
リッチモンド保安長は目を灰皿に向けたまま空いている手を軽く上げて、
「ああ、それは、テナントだから。管轄が違うんだ。ちゃんと保険があるし、君が心配する話じゃないよ」
「人命は保険じゃ償えないんですよ!」
遂に元々大して長くもない気が爆発して力の限りリクは両の拳でデスクを打ち付けた。
顔どころか目まで真紅に充血させて自分でも信じられない程の怒鳴り声を上げたが、ここまで来ると羞恥心も自制心もどうでも良くなって来た。
しかし、保安長はお陰で灰皿から落ちてしまった煙草の燃え屑を黙ったまま側にあるおしぼりで拭き始めて、やがて
「兎に角、内はこの件にはタッチ出来ない。星間司憲に回してみ給え」
ぽつりとそれだけ伝えて、後は拭き続けるのみだった。
「分かりました。もう貴方は頼らない。そちらに話しましょう。ここのやり方を含めてね」
そう言い放って怒りを込めて立ち去ろうとする後ろ姿に
「忠告して置くが、余り熱くなって寝た子を起こさない事だ」
意味深な言葉を、保安長は手向けた。