僕は、ある日ドラッグを覚えた。
ドラッグの快感と輝く時間をあの時たしかに手に入れたんだ。
けして、お金だけでは買うことのできない時間を。
それが、暗闇に向けて…行き止まりの生へとの道だとは思わずに ただ。
『夏 1 』
「暑いなぁ おい。」
宏介が仕事中に云う事と言えば このセリフと
「今、何時?」の二つ。
ぼく達は、同じ会社で働く いわゆる肉体労働者だ。
宏介と知り合ったのは、僕が勤めていた会社に宏介が日雇いとして働くようになってから。
宏介を初めて見た時、僕は、なぜか 真面目に生きて来た人ではないと思った。
見た目がごつい訳でも礼儀ができてない訳でもないのに。
危険な臭いが僕にはしたんだ。
宏介は僕と同じ歳。ただ
26才と云うだけで、
「仲良くしてくれよ。」って。
最初 僕は、距離を置いてなるべく話しもしないように宏介を避けていた。
僕の中の何かがそうさせていた。
宏介は会社での人気をすぐに得た。仕事中はがむしゃらに働き、休憩時間は よく喋り、人を引き付けるものが有るのを、側から聞いていても、判るぐらいに。
「はじめ」
宏介が僕に初めて話しかけて来たのは仕事中だった。
「はじめ、悪いけど これ一緒にやってくれへんか」
やわらかい関西弁。
「悪いなぁ、一人じゃ終わらんわ」
僕は、いきなり呼び捨てで呼ばれた事よりも
「奥井」と云う性ではなく はじめ と云う名前で呼ばれたことに驚いた。
社長や先輩でさえ僕を はじめ とは呼ばない。
だけど、だけど不思議と腹立だしさや、反感の気持ちが湧かず、何か懐かしい感じがした。
「宏介さんはこの仕事長いんですか」
「宏介でいいよ。俺は、まだこの仕事、二年生やし」
僕は、この仕事に就いて六年になるが、正直 驚いた。宏介はきっと僕と同じぐらいこの仕事をしていると思っていたから。
僕が宏介に感じていた、危険な影が、
僕の中に初めて感じた何かが 音もたてずに消えたのも きっと この時だと思う。