人は愛により育まれ、声と体、そして名前を授かる。
それは当たり前のことで、誰もが知っていること。
俺の声と体はここに存在している。
「俺の名前が分からない。」
ふと気付けば、俺は部屋の中を探しまわっていた。
部屋と言っても、ベッドにテーブルと棚しか無いみすぼらしい部屋だ。探すところは限られる。
「無い…どこにも無い!!」
俺の名前を証明する物は部屋から出てこなかった。
「俺は誰なんだ、俺は……。」
家族に電話をしようにも、数年前に他界している。
知り合いとは、ここ数年話してさえいない。
そもそも、電話が無いのだ。連絡の取りようが無い。
焦りとは裏腹に刻々と時間だけが過ぎていった。
疲れて寝てしまったのだろうか、また夢の…闇の中にいた。
夢なのは分かっている。しかし、この不安感だけは拭えない。
「 」
やはり、言葉は無意味であった。
しかし、感覚だけはあった。
手や足が自分の意志で動く感覚。全身に何かがまとわりついているような感覚。ミミズのように体を這いずりまわってる不快感。
いつもと違う夢なのだが、真っ暗な闇の前では恐怖しか出ない…。
触覚は、何も教えてくれないのだな…と切に感じた。