どうしたんだろう、この人。
さっきからずっとあたしの横で…時々涙ぐみながら私に話しかけてる。
まるであたしとの思い出を話しているような口ぶりで。
あたしを「カナエ」と呼んで話してる。
この男の人は…誰??
「おはようございます。」
真っ白な服の女の人が上からのぞきこんできた。
ここは…病院??
なんで病院にいるんだろう。
看護師さんがニコニコしながら話しかけてくる。
「どこか痛いところとかない??あんなことがあったのになんともないなんて、奇跡ですよ。」
あんなこと??
なにかあったっけ??
「あら、お母様がいらっしゃいましたよ。」
看護師さんの視線の先を追う。
あれ??
あの女の人誰だっけ??
「カナエ!!」
"お母様"が駆け寄ってきた。
「…あの、人違いじゃありませんか?それにあたしの名前は…」
…名前…名前??
なんだっけあたしの名前!!!
それにこの女の人…ホントにお母さんだっけ…??
あたしのお母さんらしい人はピタっと動きを止めると、少し戸惑ったように看護師さんのほうを見た。
看護師さんも首をかしげている。
やがて、女の人はハッとした表情を浮かべると、フフッと笑った
「やだねぇ、お母さんをからかわないでよ。」
そんなこと言われったって…。
それでもキョトンとしている私を見て、とうとう女の人も本当にわからないのだとさとったらしい。
看護師さんと顔を見合わせると、二人で病室をでていってしまった。
病室に一人ぽつりと残されたあたしもさとった。
この真っ白な部屋のように、あたしの記憶も全て白く塗りつぶされたのだ、と。