身体に電気が走った。
運命的な出会いとはこの事なのか…。
それは画面を通しての出会いだったが、その映像を見れた事に幸せを感じた。
そこに映っていたのは後に国民的ヒーローとなる一頭のサラブレッド。
「ディープインパクト」だった。
この瞬間から二年間に渡る遠距離恋愛がスタートする。
快進撃を続ける私のヒーローは皮肉にも私だけのヒーローではなくなっていく。
多くの人が私と同じ様に彼に夢を託し、その時だけは真っ暗な世界から抜け出せる事が出来るのだろう。
「空飛ぶ馬」は暗い世の中を唯一照らす事が出来る一筋の光となっていた。
「勝つのが当たり前」になった頃、突如として訪れてしまった初めての敗戦。競馬場の雰囲気は異様なモノだった。歓声はなく、泣き出す女性もいたり、そこには重苦しい空気が流れていた。一頭のサラブレッドの敗戦がここまで影響を与えていた事に改めて驚かされる。
輝きを失った私の彼は、年が明けてしばらくした頃、また光を灯し出す。
より一層強い輝きで。
その輝きは徐々に世界にも広がっていた。私達と同じ様に彼に虜になってしまった者が各国に現れたのだ。
「グレート」、「ファンタスティック」
私達が喋らない言葉で彼が賞賛される事に何故か誇らしげな気分になる。
海外で行われたレースで私達の願いは惜しくも叶わなかったが、これで終わった訳ではない。夢には続きがある。
そして遂に来て欲しくなかった日が来てしまう。
お別れの日。私は競馬場に足を運ばなかった。画面を通して静かに見守っていたい。
画面を通して見る君の姿はあの頃よりも随分と逞しくなったものだ。
自然とこぼれている涙。拭こうとも思わない。
引退式が行われた日はクリスマスイブだった。
カメラのフラッシュが彼を照らす。
様々な場所からフラッシュが光り輝くその光景は雪が降っているかの様にも見えた。
多くの観客が作り出したホワイトクリスマス。
「ありがとう、みんな、ありがとう、ディープインパクト」
ディープインパクトとの遠距離恋愛は幕を閉じた。
私は新たな人生を歩き出す。彼に与えてもらった様々な力を無駄にしないように力強く生きていく。
ディープインパクトが故郷へ旅立った後、競馬場には大粒の雨が降り注いでいた。