世の中悲しいことばかりじゃないよ。
ほら、雨だってずっと降ってるわけじゃないでしよ?
それといっしょでさ、悲しいことはずっと続かない。
雨が降った後は晴れるでしょ?
それといっしょでさ、悲しいことの後には嬉しいことがあるんだよ。
だからずっと泣いてないでさ、ほら、嬉しいことを探しに行こうよ。
「そりゃね、僕は確かにそう言ったけどさ、これはさすがに予想できなかったよ」
ポツポツと降っている雨が、昼間の内に熱せられたアスファルトの上でピチョン、ピチョンと跳ねていた。
僕はしゃがみこんで両腕で膝を抱え、その中に顔を埋めていた。
ここは比較的幅が広くて、普段は車通りも多い道路だけれど、今は車線に対してほぼ垂直に止まっているフロントガラスが割れ、前方が凹んでひしゃげた軽トラックが1台だけだった。
その代わり、パトカーが数台と救急車が1台、僕たちの傍に止まっていた。
これらの車は先ほどまではウーウーだのピーポーだのと喧しく鳴いていたが、今はそれも止まって、代わりにバタン、ドタドタと人が慌ただしく車を降りてくる音と、ざわざわと集まってきた野次馬たちの騒がしい声で満ちていた。
僕は顔を上げる。すると、やはり見たくなくても目に入ってしまう。
ちょうど横断歩道の真ん中辺り、彼女の、その自らの血の中で、まるで眠っているかのごとく横たわる、白い、身体。
救急車から何人かが駆け寄ってくるのが目の端に映る。
その内2人は担架を持っているようだ。
しかし、そちらに顔は向けない。
ただ、彼女の姿だけを視界に納めようとする。
もうじき彼女は彼らに運ばれて、僕から引き離されてしまうだろう。
嫌だった。
彼女は助からない。
それは、分かっていた。
もしかしたらもう死んでいるかもしれない。
否、きっと死んでいるのだろう。
それならば、もう二度とこの姿を見られなくなる前に、確りと目に、頭に焼き付けたかった。
彼女の、骨だけでない、きちんと肉と皮膚のついたこの姿を。