日付が変わるような時間帯に彼は来た。
珍しく酒にベロベロに酔っていて、どうやら「勧められるままに何杯か分からないくらい」酒を飲んだらしい。いつもより格段にテンションが高くて、玄関先で大声で歌いだしたりするものだから私は「近所迷惑だからやめてよ」と笑って言った。
私達は二人でよく大きな声で笑ったり歌ったりたまに喧嘩なんかもしたりしているから、隣の部屋の住人は多分、私達の事を良く思っていないんだろうと思う。そしてそれはやっぱり寂しい事だから「叫ばないで!」って今度は少しだけ、きつい口調で彼を叱った。
彼は口をもぐもぐさせながら、「ごめん」ってしょげ返った仔犬みたいに謝った。それがまた面白くて私が笑ったら、結局彼も大きな声で笑ってしまってやっぱり俺達は騒がしかった。
何だかとても、幸せだった。
明日も朝から仕事なんだから早く寝なきゃ、と思ったけどなかなか眠れなくて、二人でベッドの中で喋っていた。
たわいのない噂話から宇宙の話まで。ふわふわと浮遊するように私達は話をした。耳を擽る彼の声は暖かくて、それが何だかとてもくすぐったくて幸せだっった。なのに不意に彼が静かになって、眠ったのかな、と思って顔を覗き込んだら、何だか泣きそうな顔になっていた。「どうしたの?」って聞いたら彼はますます泣きそうな顔をして、
「俺の事、いらなくなったらすぐに捨てていいからね」
と小さく呟いた。
多分、酔っていておかしなテンションだったから、口をついて出た言葉だったんだろうけど、私は何だか泣きそうになってしまった。だってそれは、私が彼に言った言葉だったから。彼と付き合い始めた頃に、最初に私が言った言葉だったから。
『私の事、いらなくなったら真っ先に捨てていいよ』
そう自分で言った時も死ぬほど辛くて苦しいと思ったけれど、彼がそうやってその言葉を口にしたらもういても立ってもいられなくなった。こんなにも、切ない言葉があったんだと思った。だからもう、口にしてはいけないと思った。
少なくとも、彼の前では。
end.