彼の父親は、この世界でも有名なヴァイオリニストで、王様の前で演奏したことがあるほどの腕前だった。
彼がヴァイオリンを奏でると、森中がいっせいに目を覚まし、そこには、それぞれの命に響き渡るような大きな波が生まれた。
少年だったきりぎりすは、そんな父親を心から尊敬していた。母親もまた、夫であるそんな父親を尊敬し愛していた。
けれども三年前、急な病で父親はこの世を去った。そしてそのあとすぐに、連れ去られるかのように母親までもが天に召されたのだった。
それからだった。きりぎりすは何かに取り付かれるようにヴァイオリンを弾き始めた。それは、寂しさをまぎらわすためでもあり、父のようになりたいという祈りからでもあった。
彼の頭の中では、いつでも父のヴァイオリンの音色が鳴り響いていた。彼は、その音色に少しでも近づこうと必死になった。いつか父のようなヴァイオリニストになりたい、この草原に潜むすべての生き物の魂を揺さぶるようなそんな演奏がしたいと強く願った。
いつしかそれは、夢というよりも決して消えることのない心の奥深いところに宿る大きな誓いとなっていた。