きりぎりすは、話を聞いてすぐにありの元へ駆け付けた。右手にヴァイオリンを持ち、もう片方の手は杖をついている。きりぎりすの目は、すでにうるんでいた。
年老いたありときりぎりすが目を合わしたその時、長い間互いが抱き続けていた想いがいっせいに吹き出したようだった。その朝日にも似たやわらかな空気が、ふたりをそっと包んだ。
「きりぎりすさん、私がまだ働き盛りだった頃、私はのんきにヴァイオリンばかり弾いているあなたを見てどこかで軽蔑していた。その音色をうとましいと思う日さえあった。でも、こうして最期のときを迎え、最後に聴きたいと思ったのは…きりぎりすさん、あなたのヴァイオリンです。
さぁ、あなたの愛したヴァイオリンを私のために弾いて下さい。」ありはそう言うとそっと目を閉じ、ヴァイオリンに耳を傾けた。
きりぎりすは、溢れそうになる涙をぐっと堪えヴァイオリンを弾き始めた。その音色は、彼が追い求めていた亡き父のヴァイオリンの音色にそっくりだった。あらゆる生命の心を揺り動かすような、そんな音色だった。彼は、一流のヴァイオリニストに成長していたのだ。