『お前、だれだ・・・?』
そう言われた私は耐えきれず、病室を出ていた。
走って、走って、考えて・・・気がついたら病院の中庭にいた。
立ち止まって、我にかえったトキ、初めて涙が溢れた。
彼のために、それとも自分のために?
誰のために泣いてるのか、私には、わからなかった。
その日から、何日も彼に会いに行かなかった。
私は健司のことが好きなのに、今彼は私の気持ちどころか、私のことも忘れてしまったんだ。
この現実を感じたくなかった。
でも、ある日私に電話があった。
『お久し振りです。健司の母ですが・・・。みぃちゃん、今θ時間あるかしら?』
私は
『はい。』
としか答えなかった。
その時の私はこの電話が自分を変える手助けになるとは思いもしなかった。
待ち合わせ場所は彼の入院していた病院の中庭だった。
彼のお母さんはもう、ベンチに座って待っていた。
しばらく、私達は健司の話をしなかった。
でも、だんだん苦しくなって私の方からきりだした。
『あの・・・。健司は・・・?』
すると、
『ごめんね、私、なかなかきりだせないでいたの。
実は・・・いやもう知ってるかもしれないわね。
健司は階段の途中で気を失ったから、転げ落ちて頭を強く打ったの。
そのショックで私のことも、もちろんあなたのことも忘れてしまったわ。』
彼のお母さんは静かに涙を流していた。
その光景をまるでテレビドラマのように見ていて思った。
悲しいのは私だけじゃないんだ。
でも、一番辛いのは私ではない、お母さんでもない・・・
『健司が一番辛いんだ・・・。』
私は無意識に呟いていた。
今、こうやっている間にも彼は一人、失われた記憶に怯えているのだ。なのに私は・・・。
『そうよね。健司が一番辛いのよね。
ふふふ、健司は幸せね。
自分のことをわかってくれるみぃちゃん、ていう彼女がいて。』
『えっ・・・。』
私は顔が赤くなってしまった。
『まだ、健司のことを好きでいてくれているのなら、どうか健司のそばにいてあげて・・・。』
私は静かに頷いた。 迷いはもうなかった。