次の日、この事故は新聞にもテレビにも載らなかった。
実際僕はそんな気力すらなく、新聞もテレビも見ずに、仕事も無断で休んで部屋でボーッとしていた。
今日も朝から雨が降っていた。
今日の昼頃、一度だけ電話が鳴った。
警察からだった。
あの日、彼女を跳ねた軽トラックを運転していた男が大量に酒を摂取していたこと。
彼女の死因は、頭を強く打ったことによる頭蓋骨骨折だということが伝えられた。
それを聞いたとき、特に何の感情も湧かなかった。
彼女を轢いた男を憎いとも思わなかったし、事実を何の労りもなく、仕事だからといった感じで淡々と伝えてくる電話の向こうの相手にも、怒りはなかった。
そんなどうでもいい感情なんかよりも、彼女を亡くした悲しみの方が数倍も大きかった。
あの日、彼女は泣いていた。
大好きだった彼氏にフラれたと言っていた。
僕の部屋にいきなり押し掛けてきて、勝手に座って 勝手に泣き始めた彼女を、僕は呆気にとられてしばらく眺めていたが、とりあえず何もしないわけにもいかないので、心にもないことを言って慰めたりした。
「世の中悲しいことばかりじゃないよ」
そんなわけないのに。
「悲しいことはずっと続かない」
そんなの分かんないのに。
「悲しいことの後には嬉しいことがあるんだよ」
そんな確証、どこにもないのに。
しかしそれでも彼女は、必死で涙を止めて、ぎこちなく笑った。
「だからずっと泣いていないでさ、ほら、嬉しいことを探しに行こうよ」
そういうと彼女は、悲しさを吹き飛ばすように大きく頷いて、
「じゃあ、これからどこか行こうよ」
と立ち上がった。
ホントに勝手だなぁなどと思いつつ、僕も立ち上がって部屋を出た。
嬉しいことって何だろう。
それはもちろん人によって違うと思うけど、でも、笑えていれば、そのときは楽しいって感じられているはずだから、とりあえず彼女が自然に笑えるようになるまでは、その勝手にも振り回されてあげようと思っていた。
僕のマンションから出て二人で歩いた。
どこに行くのかと尋ねたら、デパートで買い物をする。彼氏にフラれたことを忘れるくらいに、パーッと買いまくるのだ!とか言っていた。
その時まだ彼女の笑顔は無理している感じだったけれど、でも、新しい幸せに向かって前向きに生きていける彼女に、僕はとても好感がもてた。