悟と別れてから、由紀はしばらく弾いていなかったピアノを弾くようになった。
別れを告げられても、由紀は何も言えなかった。
言う権利がなかった。
それでも、あの時、またいい友だちでやり直そうと言っていたら?
悟とのセックスを拒まなければ?
バーのカウンターで、一緒にいたいといわなければ?
クラス会に参加しなければ?
悟と関わった全ての事を否定せずにいられなくなっていた。
何もかも自分が悪いのに、最低だ…
夫も子供もいる身で、他の男性を愛しい、と思う事自体、最低だ。
自分を責め続けた。
家族には何も知られていない。
それでも、いっそ誰かに責め立てて欲しい程だった。
その気持ちをピアノにぶつけていた。
12月
あれから2ヶ月ほどたち、由紀の気持ちは少しずつ落ち着きを取り戻していた。
携帯に入っていた、悟の番号、アドレスは消去した。つながるものを自分から切り離した。
きっと、悟の電話を鳴らせば悟は出る。呼び出せば来てくれる。友だちとしてならば。
逆に悟の方から、連絡がくる事はないと由紀は確信していた。
それが悟の優しさだという事は分かっていた。
中途半端に優しくすれば私を苦しめる…
そういう考えを悟はする人だという事は由紀が一番知っていた。
昔から変わらない、悟の優しさ。
今までと変わらない日常。
夫がいて、子供たちがいて、自分がいる。
朝、子供たちと夫を送り出し、自分も仕事に出かける。帰って来て、食事をする。
けれど、水曜日は違っていた。
空白…
時間が2倍、3倍長く感じた。
また、ピアノを弾く
それでもまだ、目を閉じると悟が微笑んでいる。