ヤス#37
祖父は刺身を口の中に放り込むと、焼酎で喉に流しこんだ。
ヤスは複雑だった。役場は隣の島にある。役場のすぐそばの桟橋まで、機械船で四十分程だ。目の前の島に船で渡り、陸路をバスで行けば、やはり同じ程度で着く。
役場で働けば安定した収入になる。父は、知り合いの口聞きで役場に就職が決まったらしかった。父は漁師を辞めるようだ。
ヤスは機嫌が悪くなった。だが、目の前のトンカツと、母親の笑顔で直ぐに機嫌は治った。それに、そもそも漁を教えてくれたのは父ではなく、祖父の方なのだ。ヤスが師と仰いでいるのは父ではなく、祖父の方だった。師である祖父がいれば父はどうでもよくなった。貧乏から抜けられるなら、その方が好都合かもしれない。
「ヤス。ご飯を食べ終わったら、お風呂に入るわよ」
「あ、うん。わかった」
ヤスは久々のトンカツに満足すると母と一緒に風呂に入った。
五右衛門風呂である。スノコを上手く沈めないと、熱くなった釜で火傷をする。ヤスがスノコを片足で沈めようとしていると、母の純子が全裸で入って来た。ヤスは下を向いた。最近、どうもいけない。母の裸が直視出来ないのだ。何故だか分からない。